基本給と残業代は分けられるべき(最高裁判決)
1「残業代は基本給に含む」との定めは有効?
年棒1700万円の支払いを受けていた医師が、勤務先の医療法人に対して、割増賃金を請求する裁判を起こしました。
医療法人は、医師との間には年棒の中に割増賃金を含めるという合意があったことから、割増賃金は全て支払済みであるとして、争いました。
地裁と高裁は、割増賃金込みとした合意を有効としましたが、最高裁は、この合意を無効とし、割増賃金が支払われたということはできないと判断しました(平成29年7月7日)。
2 固定残業代制に関する裁判例
労働基準法等は、時間外、休日及び深夜労働の割増賃金の計算方法を定めています。
他方、仕事の性質上、時間外労働や深夜労働が恒常的に発生する労働者に対して、法所定の計算方法ではなく、いわゆる「固定残業代制」(基本給や諸手当にあらかじめ一定額の割増賃金を含める方法)を採用する会社が少なくありません。
そこで、従前から、固定残業代制による割増賃金の支払いの有効性が裁判で争われてきました。
これまで、裁判所は、①通常の労働時間の賃金に当たる部分(いわゆる基本給)と割増賃金に当たる部分とを判別することができること、②割増賃金として支払われた金額が、法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回らないこと、という2つの要件を満たす場合に、固定残業代制による割増賃金の支払いは有効であると判断してきました。
①の要件が求められるのは、固定残業代制に基づく割増賃金の支払いが、法所定の額を満たすかどうかを判断できるようにするためです。
3 割増賃金の額を判別できることが必要
上記裁判では、地裁と高裁は、年棒1700万円のうち割増賃金に当たる部分が明らかではない(上記①の要件を満たさない)としながらも、医師の給与額が高額であり労働者としての保護に欠けるおそれはない等の理由で、医師の割増賃金請求を認めませんでしたが、最高裁は、①の要件を満たさないから、割増賃金の支払いがされたとは認められないとして、従来の裁判例を踏襲した判断を示しました。
この判決の直後、厚労省から、固定残業代に関する通達が出されました(平成29年7月31日基監発0731第1号)。この通達には、固定残業代制を採用する場合の留意点として、⑴基本給の金額、及び、割増賃金に相当する金額や時間外労働等の時間数を書面等で明示し、基本給と割増賃金に当たる部分とを明確に区別できるようにすること、⑵割増賃金に当たる部分の金額が法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回る場合には、その差額を所定の賃金支払日に支払わなければならないことが記載されています。
割増賃金の支払いが無効と判断されますと、割増賃金分を含むとして高額に設定した基本給全額を基礎にして割増賃金を計算し直すことになりますので、固定残業代制を定める際には注意が必要です。