「審理期間限定訴訟」の提案は問題が多い―民事裁判制度を壊すおそれー
1 「審理期間限定訴訟」の提案とは
毎日新聞は、去る12月6日、「民事訴訟の期間制限―拙速な審理が懸念される」という社説を出しました。これは、「審理期間を制限する民事裁判」の新設について警鐘を鳴らしたものです。中日新聞・東京新聞も、この制度は問題が多いという社説を出しています。
審理期間を限定する訴訟とは、裁判所が提案している制度で、審理の期間を6か月に限定した手続を新設するという提案です。
現在、民事裁判におけるIT化(書類をオンラインで提出できるようにしたり、裁判記録をデジタル情報で保管したりすること)を検討している法制審議会で審議されています。裁判のIT利用と関係がありませんが、裁判所が提案してテーマに含めました。
裁判所は、期間が予測できるという名目で提案していますが、この手続では、一丁上がりで早くに裁判を処理でき、裁判所と裁判官の負担軽減になります。そのことも提案の背景にあると考えられます。
2 拙速な裁判になるおそれ
国民は「裁判を受ける権利」が憲法(32条)で保障されています。そのなかには、当事者は主張と立証を尽くすことができるという権利(法的審問請求権と呼ばれます)が含まれています。そして、裁判所は判断ができるようになれば審理を終えて判決を出します(日本の民事訴訟法243条も、母法のドイツ法も同じです)。
ところが、この期間限定訴訟は、主張立証が尽くされたから審理を終えるのではなく、期間が来たら審理が終わります。これでは、事実の解明はなおざりになり、粗雑な審理、粗雑な判断になり、間違った判決(誤判)が生じてしまいます。
近代訴訟制度を採用する外国には、審理期間を限定する訴訟制度はありません。日本でも、本格的論文はなく、学会などで議論されたことはなく、海外調査さえ行われていません。訴訟法学者の松本博之大阪市大名誉教授らは、裁判を受ける権利を侵害するおそれがあり、制度化すべきでないとの意見を発表されています。
この手続は、両当事者が同意することが要件ですが、裁判所は、この訴訟が広く使われるように考えており、他方、今の訴訟制度については迅速化の方策を何も打ち出していません。そこで、国民は、主張立証の権利が不自由になっても、この訴訟を使わざるを得なくなると思われます。今でも、当事者や証人の尋問が大きく減っていますが、この制度はますます審理を形骸化すると思います。
3 必要性がない
提案では、この手続は、事前に十分な協議があり、事実関係について争いはなく、法的判断だけ争いになっているような事件を想定しているとしています。しかし、そのような争点の少ない簡単な事件は、今でも比較的短期間で和解か判決で解決しています。わざわざ問題がある訴訟制度を新設する必要がありません。
日本の裁判は、世界銀行の調査によれば、主要7か国のなかで早い方です。裁判の期間をさらに短くするためには、外国に比べて少ない裁判官を増員する必要があります。東京地裁の裁判官は、一人平均190件の裁判を常に抱えており、これでは丁寧で早い裁判ができません。また、迅速化のためには、相手方の証拠を早期に入手できる手続を設けることも必要です。
4 反対が多い
昨年春に行われた行政手続法による「意見公募手続」(パブリックコメント)では、期間限定訴訟に賛成する意見は少なく、消費者団体、労働団体、各地の弁護士会などから反対意見が多数出ました。
しかし、法務省は提案を維持しており、今年の国会に法律案として提出される可能性があります。弁護士と消費者団体などは「期間限定訴訟」の新設に反対する運動を進めています。弁護士出身の国会議員は、十分な議論もないままに、こんな裁判制度は認められないと言っておられます。私は弁護士会で司法制度を検討する委員をしており、議論に参加していきたいと思います。