トラックの火災事故について最高裁で勝訴
1 走行中のトラックが突然炎上
大阪の運送会社(東和運送株式会社)の大型トラックが2012年7月7日に広島県内の山陽自動車道を走っていたところ、突然エンジンから出火し、車両と航空貨物の積荷が全焼しました。
私たちの事務所は、事故直後から相談を受け、エンジンの分解調査にも立ち会いました。この運送会社では、メーカーがオイルメンテナンスで求めているオイルの交換時期よりも短い期間で交換するなど、丁寧に点検・整備をしていました。メンテナンス用品の納品書などもすべて保管していました。それでも、メーカーは、説明会で火災は会社が点検整備をしていなかったからだと主張しました。
会社の社長(当時)は納得がいかないので訴訟ができないかと相談してこられました。技術士に鑑定を依頼しましたところ、技術士は欠陥の可能性があるという意見でした。そこで会社は、製造物責任法による損害の賠償を求めて、いすゞ自動車を相手取って裁判を起こすことにしました。車両共済金を支払った近畿交通共済協同組合も原告になり、2014年4月に大阪地方裁判所に提訴しました。
2 大阪地方裁判所(1審)
大阪地裁に提訴した当時、まだ欠陥の判断の仕方について裁判所の考えが確立していませんでした。使用者(ユーザー)が科学的な原因を立証する必要があり、東京地裁の2014年3月27日の判決では、整備不良が原因だというトラックのメーカーの主張が通り、欠陥が認められませんでした。技術士は繰り返しエンジンを調査し、他社の製品にない大きな弱点を発見されました。私たちもボルトのメーカーに調査に行き、また、図書館に通って力学の勉強をしました。
私たちは、メーカーで原因調査にあたった責任者の証人尋問を申請し、メーカーの主張が根拠の乏しいことを明らかにすることができました。最近の裁判は証人調べが減っているのですが、証人調べの意義が明らかになった裁判でした。
当時は欠陥の判断の仕方が確立していなかったことや、被告のメーカーが反論に長い時間を求めたことなどから4年かかかりました。大阪地裁は、2019年3月28日の判決で、あってはならないことですが、取扱説明書の読み方をまちがい、また被告メーカーが十分な資料を出さなかったこともあり、運送会社の請求を認めませんでした。
ただ、大阪地裁も、最近の裁判例の考え方である「通常の使い方をしており、必要な点検整備をしていたにも関わらず、製品事故が起きたときは、欠陥があることを推定する」という判断枠組は認めました。
3 大阪高等裁判所(控訴審)
運送会社と共済組合は、高裁に控訴し、地裁判決が誤認をした点を明らかにしました。また、被告メーカーが説明しなかったことについて他のトラックメーカーを調査して証拠を追加しました。その結果、大阪高裁は、2021年4月28日、運送会社は必要な点検整備をしていたことを認め、欠陥が推定されるとし、メーカーからそれを覆す立証が無いとして、メーカーに損害賠償を命じる逆転の判決を出しました。
大阪高裁で担当した裁判官らは、何度も期日を開き、毎回、裁判官の抱いた疑問を双方に示すという審理をしました。また、私たちも、技術士らの協力を得て丁寧に証拠を用意し、何度も数十頁に及ぶ準備書面を出して、裁判官が理解しやすいように努めました。高裁の判決を読んで、それらがすべて意味を持つものであったと思いました。
製品に原因があって使用者が被害を受けることがありますが、使用者が原因を明らかにすることは難しいので、「製造物責任法」ができています。その判断の仕方について、この10年余りの間に13件ほどの判決が相次いで出まして、確立したといってよいと思います。
それは、「通常予想される形態で本件車両を使用しており、また、その間の本件車両の点検整備にも、本件事故の原因となる程度のオイルの不足・劣化が生じるような不備がなかったことを主張・立証した場合には、本件車両に欠陥があったものと推認され、それ以上に、控訴人らにおいて本件エンジンの欠陥の部位やその態様等を特定した上で、事故が発生するに至った科学的機序まで主張立証する必要はないものと解する」(本件の高裁判決)というものです。
4 最高裁判所(上告審)
本年(2022年)4月19日、最高裁は、いすゞ自動車の上告受理の申立を認めないとの決定を出しました。大阪高裁の判決には判例の違反や法令の解釈に関する重要な事項についての問題があるとは認められないので、上告として受理しないという判断です。
いすゞ自動車は、最高裁に対して、自動車は使用者がオイルメンテナンスなどの点検・整備をする必要があり、欠陥についての一般的な判断の仕方を自動車に当てはめるべきでないと、いわば自動車の特別扱いを求めました。この点について、大阪高裁の判決は、自動車の場合も、「点検整備にも、本件事故の原因となる程度のオイルの不足・劣化が生じるような不備がなかったことを主張・立証」すれば、他の製品事故と同じように判断してよいとしました。そして、最高裁の決定も大阪高裁の判断で特に問題はないとしました。
メーカーが最後の拠り所にしようとした自動車の特別扱いの主張は否定されたことになります。
5 この裁判の意義
トラックの火災事故についてエンジンに欠陥があることを認めた初めての判決です。トラックの火災事故は少なくないので、社会的にも大きな意味がある決定になりました。時間がかかりましたが、損害の全部と事故以降について年5分の損害金を払わせることができました。
勝訴したのは、運送会社、共済組合、整備士、技術士らの皆様が一致団結して裁判に取り組まれ、裁判の進行を支えていただいたおかげです。
これまで、トラックメーカーはよく調べずにどの事故も使用者のせいにしてきた可能性があります。しかし、自動車の使用者が点検・整備も行い、通常の使い方をしていたのにエンジンから出火したようなときは、メーカーが製品内部に欠陥はなく、外部の原因(使用者や修理業者などの原因)によるとの反証ができない限り、法的責任を負うことが明らかになりました。メーカーは法的責任が認められることも踏まえて、誠実に調査にあたり、対応することが求められます。