改正民法の紹介② ~債権の消滅時効の改正~
2017年に民法の中の債権法について大きな改正がなされ、2020年4月から施行されています。民法は、私たちの日常生活にも大きく関わる法律です。以前、改正された項目のうち、「法定利率の改正」を取り上げ、ご紹介しました(2018年4月号)。
今回は、「債権の消滅時効の改正」についてご紹介します。
1 債権の種類による時効期間の違いを統一
(1)バラバラだった時効期間
改正前の民法では、債権の消滅時効期間は、原則として10年でしたが、特例として、職業別の短期の時効期間が定められていました。例を挙げると、飲食店の代金は1年、商品の代金は2年、病院での治療代は3年などとなっていました。また、損害賠償請求の債権について見れば、契約違反による損害賠償の場合は10年であるのに対し、交通事故などでの損害賠償の場合は3年とされ、大きな違いがありました。さらに、民法以外の商法や労働法で定められている特別の時効期間があり、商法上の債権の場合は5年、賃金債権(従業員の給料)については2年といったように、債権の種類によって時効期間がバラバラで、わかりにくくなっていました。
(2)原則5年とその例外(交通事故では人損と物損で違い)
そこで、このたびの民法改正で時効制度についての見直しが行われ、債権の消滅時効の期間については、債権の種類による違いをなくし、原則として5年で統一されることになりました。
例外で、5年より短い期間になる場合として、不法行為(交通事故など)により、生命・身体以外に受けた被害について損害賠償を請求する場合があり、その場合は改正前と同じく3年とされています。そのため、交通事故などでは、いわゆる人損(人身被害)と物損とで時効期間が異なることになるので注意が必要です。
(3)賃金債権も近く5年に(事業者の方々は対応を)
民法改正に併せて、労働基準法で定められている賃金債権についての時効期間も5年に統一する方向で改正されることになりました。ただ、賃金を払う側の事業者の対応の負担を考慮し、2020年4月から当分の間は3年となっています。いつから5年になるかは未定ですが、賃金債権については、残業代の未払で裁判になることもよくありますので、事業者の方々は対応をしておく必要があります。
2 20年経過での一律の権利消滅の見直し
(1)裁判所による柔軟な判断が可能に
時効に関しては、時効期間の進行がいつの時点から始まるか、ということも問題になります。
この点、改正前の民法では、不法行為(交通事故、犯罪行為など)による損害賠償請求権の場合、被害者が加害者を知ったときから3年という時効期間の規定に加えて、不法行為の時から20年経過により権利が消滅するという規定が定められていました。そのため、例えば犯罪行為が行われても、加害者が20年以上逃げ隠れて誰が加害者なのかわからなければ、その後に加害者が明らかになっても、被害者の損害賠償請求権は消滅していることになります。
それでは加害者の逃げ得を許し、被害者に泣き寝入りを強いることになってしまうため、この20年経過での権利消滅については、事情に応じて加害者の主張を権利濫用などの理由で排除し、被害者を救済できないか、ということが裁判でも争いになってきましたが、最高裁判所は、1989年に出した判決で、20年経過による権利の消滅は一律のものだとして、権利濫用などの理由で排除することはできないとする判断を示していました(そのように、ある時点から一定の期間が経過したことで一律に権利を消滅させる制度は、法律用語上、「時効」と区別して「じよ除せき斥期間」と呼ばれていました。)。
その後、最高裁は、これまでに2件の裁判で、「除斥期間」による一律の権利消滅に例外を認める判断を示しましたが、それらの裁判例では、そのような例外が認められるのは、極めて特別な場合に限られるということも示されていました。
そこで、今回の民法改正では、この20年の「除斥期間」についても見直しがなされ、20年での権利消滅は、「除斥期間」ではなく、「時効」の期間であることが明確にされました。この改正により、個々のケースの事情に応じて裁判所が柔軟な判断を行い、被害者の救済を図ることがしやすくなったとされています。
(2)優生保護法訴訟と「除斥期間」
改正前の民法における「除斥期間」の適用の是非が問題になった件として、最近、大きなニュースにもなった「優生保護法訴訟」の件があります。優生保護法は、戦後間もない1948年に成立した法律で、「優生思想」のもと、「不良」な子孫の出生を防止するためとして、法律に基づき、障害を有する国民(男女とも)に強制的に不妊手術が実施されてきました。訴訟は、強制手術を受けた全国各地の被害者らが、国を相手に国家賠償を求めて各地の裁判所で提起したものですが、原告となった被害者らが強制手術を受けたのは、いずれも20年以上前のことであったため、被告となった国は、原告らの請求は「除斥期間」を過ぎていると主張したのです。
これに対し、各地の地方裁判所の判決では、優生保護法が憲法違反の法律で、それによって原告らが被害を受けたということは認められましたが、「除斥期間」の20年を過ぎていることを理由に、原告らの請求はことごとく棄却されてしまいました。
しかし、2022年2月に出た大阪高裁の判決と3月に出た東京高裁の判決では、裁判官が「除斥期間」の高い壁を乗り越え、このような場合に「除斥期間」を適用して国の責任を免れさせることは、著しく正義・公平の理念に反するとして、原告らの請求を認める逆転勝訴の判断を下しました。
今回ご紹介した時効制度についての法改正は、2020年4月1日から施行されていますが、それ以前に発生した債権の時効期間は、改正前の法律が適用されます。優生保護法訴訟でも、改正された民法は適用されないため、「除斥期間」の壁が問題になりました。
大阪高裁と東京高裁の判決は、司法にたずさわる者として、司法が果たすべき役割について改めて考えさせてくれる内容のものでしたが、逆転敗訴した国は最高裁に上告しています。このあと、最高裁がどのような判断を示すのか、注目されます。