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「身元保証書」は責任の上限額(極度額)の定めが必要になりました

弁護士 松森 彬

 1(身元保証とは)

会社が従業員を採用するときに身元保証書の提出を求める場合があります。ご家族や知人の就職で身元保証書の提出を頼まれたご経験がある方もおられると思います。

会社が身元保証書を求める目的は、①従業員の身元などを確認すること、②従業員は親などの親族に知らされると困るので会社に迷惑をかける行為はしないという一定のけん制の効果があること、③従業員が会社に対して損害を与えたときに損害賠償の責任を負わせること、などです。

 

2(身元保証人を保護する法律があります)

身元保証書の提出は、古くから行われていました。身元保証は、貸金の保証などと異なり責任を負う金額が定まっておらず、古くは期間の定めもなく、身元保証人の責任が過酷になる場合があり、社会問題になりました。

そこで、1933年(昭和8年)に身元保証人を保護するため「身元保証法」(身元保証に関する法律)ができて、次のような規制を設けました。これが今も法律として生きています。

  1. 期間は最長でも5年、自動更新は無効。
  2. 従業員が会社の労働が不適任、不誠実で、身元保証の責任が生じるおそれがあるときは、会社は保証人に通知する義務がある(判例は、会社が必要な通知を怠ったときは損害賠償額の減額の理由になるとしています)。
  3. 身元保証人は従業員の勤務が不適任、不誠実になったときは解除できる。

しかし、身元保証人が解除をするまでは保証の責任はありますので、身元保証人が責任を問われる額が大きくなることもありました。

 

3(民法改正で身元保証にも新たな規制)

今回の民法の改正により、保証について新たなルールができ、

  1. 身元保証の場合も、身元保証人が責任を負う上限の金額(極度額といいます)を決める必要がある

ことになりました。

すなわち、民法の改正で、「個人が保証人になる根保証契約(一定の範囲に属する不特定の債務についての保証)は、保証人が責任を負う金額の上限額(極度額)を定めなければ、保証契約は無効である」というルールができました(改正民法456条の2第2項)。

そこで、会社が提出を求める身元保証書に、たとえば「貴社にお支払いする賠償の上限額は〇〇円とします。」などの定めを書くことになります。

改正民法が施行された2020年(令和2年)4月1日以降は、上限の金額(極度額)を決めていない身元保証書は無効です。会社は注意が必要です。

上限額(極度額)の金額をいくらにしておくかについて、法律は特に規定を設けていません。会社の業種、規模、従業員の業務の種類、内容、予測される損害などを総合的に判断して、公序良俗に反しない合理的な額を会社で決めることになると考えられます。

なお、2020年4月1日の改正法の施行前に会社が取得した身元保証書は、民法改正の効力を受けませんので、上限額の定めがなくても有効です。書き加えたり、新たに取り付けたりする必要はありません。

 

4(身元保証の慣行の見直し)

身元保証書は、原則として提出を強制できる性質のものでないと解されています。金銭貸付を行っていた会社の場合に身元保証書の重要性が認められ、従業員が提出を拒否したことによる解雇を認めた裁判例(東京地裁平成11年12月16日判決)もありますが、例外的な場合のことであると考えられます。

身元保証書は、慣例化、形式化していること、規制があるとはいえ身元保証人の責任は大きいこと、身元保証人を見いだせない層の拡がり、採用のグローバル化への対応、会社も身元保証人への通知義務があり煩雑であることなどの理由から、厚生労働省は、身元保証書の廃止の検討を提唱しています。

その場合の代替手段として、従業員自身の「誓約書」を出させたり、「緊急連絡先」として親や家族などの連絡先を確保したりする方法が考えられます。