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残業時間によらず賃金総額が固定された給与支払を違法とする最高裁判決

弁護士 柳本千恵

1 事案の概要

最高裁は、令和5年3月10日、残業時間にかかわらず賃金総額が固定された給与体系の適法性が争われた事案において、地裁及び高裁の判断を覆し、違法とする判断をしました。

この事案は、トラック運転手として平成24年から平成29年までY社に勤務していたXが、Y社に対し、時間外労働に対する賃金の支払い等を求めたものです。

Y社では、従前、時間外労働の長さとは関係なく、業務内容等に応じて月ごとの賃金総額が決められており、その賃金総額から基本給と基本歩合給を差し引いた額を時間外手当とする賃金体系(旧給与体系)が採用されていました。

Y社は、平成27年に労働基準監督署から労働時間の管理に係る指導を受けて、就業規則を変更し、トラック運転手の給与について、以下のような「新給与体系」を定めました。

【新給与体系】

① 基本給等

基本給・基本歩合給等

② 割増賃金

業務内容等に応じて決められた月ごとの賃金総額から、①基本給等の合計額を差し引いた額を割増賃金とする。

割増賃金は、○a時間外手当(基本給等を通常の労働時間の賃金として、労働基準法37条に定められた方法により算定した額)と○b調整手当(割増賃金から時間外手当の額を差し引いた額)で構成される。

新給与体系の下でも、業務内容等に応じて決められた月ごとの賃金総額は旧給与体系の時と同じで、従業員に支払われる賃金の総額に変化はありませんでした。新給与体系では、基本歩合給が大幅に減額され、その代わり、新たに、割増賃金として、○b調整手当が導入されました。

2 最高裁の判断

⑴ これまでの判例は、割増賃金の支払の有効性に関して、労働基準法37条等に定められた額を下回らない額であることのほか、❶時間外労働に対する対価として支払われるものであること(対価性)、❷基本給部分と割増賃金部分とを明確に判別できること(判別性)を要件としています。

本件の地裁と高裁は、○a時間外手当と○b調整手当について別々に判断し、○a時間外手当は、適正に労働時間を管理した上で就業規則の定めに基づき支払われており、対価性及び判別性要件を有すると判断した一方、○b調整手当については、これらの要件を有しておらず、割増賃金には当たらない(割増賃金算定の基礎賃金に含まれる)と判断しました。

⑵ これに対し、最高裁は、○a時間外手当と○b調整手当を区別せず、対価性及び判別性要件は本件割増賃金全体について行うべきであるとしたうえで、本事案の具体的事実関係に照らして、本件割増賃金は対価性及び判別性要件を有しておらず、新給与体系による支払いは違法であると判断しました。

すなわち、本事案では、○a時間外手当の算定の基礎となる通常の労働時間の賃金(基本給、基本歩合給等を合わせた金額)が、旧給与体系下の1時間あたり1300円~1400円程度から、新給与体系下では1時間あたり840円へと大きく減額され、減額された金額が○b調整手当に振り替えられました。

その結果、○b調整手当は、通常想定された時間外労働手当を上回る金額になっていました。

そのため、新給与体系への移行により、割増賃金(○a時間外手当と○b調整手当の合計)は、実際の勤務状況に照らして想定しがたい程度の長時間の時間外労働を見込んだ金額になり、どれだけ残業をしても賃金の額が増えないという賃金体系が導入されたのです。

最高裁は、このような事実関係に照らして、新給与体系について、所定の賃金総額を超えて割増賃金が生じないようにするために、旧給与体系で基本歩合給として支払われていた賃金の一部について、名目のみを割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であって、本件割増賃金には、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分を相当程度含んでおり(対価性を否定)、本件割増賃金は、通常の労働時間の賃金と労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないとして(判別性を否定)、労働基準法37条の割増賃金が支払われたものということはできないとの判断を示しました。

3 おわりに

固定残業代制度に関して、平成30年7月19日の日本ケミカル判決では、一定の条件を満たす場合には有効と判断されていました。

しかし、その後、令和2年3月30日の国際自動車第二次上告審判決では、名目だけの「割増賃金」を支払い、いくら残業をしても賃金の額が増えない賃金体系について違法とする判断がされ、また、今回の最高裁判決でも、具体的事案に対する判断ではありますが、いくら残業をしても賃金の総額が増えない「名ばかり」の残業代の取り決めは無効であることが示されました。

今回の最高裁判決には、固定残業代制度に関して、草野耕一裁判官の補足意見が付されています。補足意見では、非生産的な時間外労働が生じる事態を回避するために使用者が固定残業代制度を利用しようとすることは経済合理的な行動として理解し得ると述べつつも、通常の労働時間の賃金として支払われるべき金額が、名目上は時間外労働に対する対価として支払われる金額に含まれている事態を「脱法的事態」と厳しく批判し、固定残業代制度以外の方法を用いて、非生産的な時間外労働の発生を抑止するよりほかはないとの意見が述べられています。