西天満総合法律事務所NISITENMA SŌGŌ LAW OFFICE

  1. ホーム
  2. 事務所だより
  3. 宗教団体による献金の勧誘に関する最高裁判例が出ました

宗教団体による献金の勧誘に関する最高裁判例が出ました

弁護士 高江俊名

1 1億円を超える献金の返還訴訟

 宗教団体に1億円を超える献金を行った高齢の女性が、献金は信者らの違法な勧誘によって行われたと主張し、献金の返還を求めて訴訟を起こしました。

 この訴訟で、最高裁判所は、令和6年7月11日、献金の返還請求を認めなかった高等裁判所の判断を破棄し、審理を差し戻す判決を言い渡しました。

 今回は、この最高裁判決を紹介したいと思います。

2 本件の事実関係

 原告のAさんは、昭和4年生まれの女性で、昭和28年に婚姻し、3人の娘をもうけましたが、Aさんには、妹が11才で早世する、夫の母が自殺する、二女が離婚する、夫が重病にかかり入退院を繰り返すなどの不幸な出来事がありました。

 Aさんは、被告の宗教団体Bの信者であった三女の紹介で、平成17年以降、Bの教会等でBの教理を学ぶようになりました。その教理の内容は、病気、事故、離婚等の様々な問題の多くは怨恨を持つ霊によって引き起こされており、そのような霊の影響から脱して幸せに暮らすためには献金をして地獄にいる先祖を解怨することなどが必要というものでした。

 Aさんは、Bの信者らによる勧誘を受けて、平成17年から平成21年までの間、Bに対し、十数回にわたって合計1億円余りの献金をしました。そして、平成27年11月、Aさんは、それまでにした献金について、返還を求める訴訟等を一切行わないとする念書をBに差し入れました。その後、Aさんは平成28年5月にアルツハイマー型認知症と診断され、平成29年3月に献金の返還を求める訴訟を提起しました。

3 破棄差戻

 この訴訟では、献金の勧誘の違法性とともに、Aさんが差し入れた念書の効力も問題になりました。

 1審と2審の裁判所は、念書は無効であるとはいえないとし、また、Bの信者らによる献金の勧誘が違法であったとはいえないとして、献金の返還請求を棄却しました。

 しかし、最高裁は、その判断を覆して2審の高裁判決を破棄し、審理を差し戻す判決を言い渡しました。

4 念書は無効

 最高裁は、念書は公序良俗に反するもので無効であると判断しました。その理由として挙げられているのは、以下のような点です。

  • Aは、念書を差し入れた当時、86才という高齢の単身者であり、その約半年後にはアルツハイマー型認知症と診断された。Aは、Bの教理を学び始めてから念書差入までの10年間、その教理に従い1億円を超える多額の献金を行い、多数回にわたって先祖を解怨する儀式等に参加するなど、Bの心理的な影響の下にあった。そうすると、Aは、Bからの提案の利害得失を踏まえてその当否を冷静に判断することが困難な状態にあった。
  • 念書の内容は、Aがした1億円を超える多額の献金について、何らの見返りもなく無条件に返還請求の訴えを一切提起しないというものであり、本件勧誘行為による損害の回復の手段を封ずる結果を招くもので、献金の額に照らせばAが被る不利益の程度は大きい。
  • 念書は、Aがこれを差し入れるかどうかを合理的に判断することが困難な状態にあることを利用して、Aに一方的に大きな不利益を与えるものであった。

5 勧誘行為の違法性について

 また、最高裁判決は、勧誘行為の違法性について、次のように判断を示しました。

「献金勧誘行為については、これにより寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることに支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、献金により寄附者又はその配偶者等の生活の維持に支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、その他献金の勧誘に関連する諸事情を総合的に考慮した結果、勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱すると認められる場合には、不法行為法上違法と評価されると解するのが相当である。そして、上記の判断に当たっては、勧誘に用いられた言辞や勧誘の態様のみならず、寄附者の属性、家庭環境、入信の経緯及びその後の宗教団体との関わり方、献金の経緯、目的、額及び原資、寄附者又はその配偶者等の資産や生活の状況等について、多角的な観点から検討することが求められるというべきである。」

 最高裁判決は、上記のような判断枠組みを示した上で、本件の献金の態様は異例であり、その献金の額はAの将来にわたる生活の維持に無視しがたい影響を及ぼすものであったことを指摘しました。

 そして、本件では、多角的な観点から慎重な判断を要するだけの事情があるにもかかわらず、1審や2審の判決は、考慮すべき事情を考慮していないとして、破棄差戻の判決を下しました。

6 本判決の意義

 本件の1審・2審の判決は、Aさんが献金をした際に、Aさんの自由な意思決定が阻害されていたとは認められないと判断しました。

 しかし、最高裁判決は、献金は宗教団体が一方的に利益を得るものであることや、寄附者が宗教団体から受けている心理的な影響は様々であることなどを指摘し、宗教団体が献金の勧誘を行うにあたっては、寄附者やその親族の生活の維持を困難にすることがないように、十分配慮することが求められていると述べて、寄附者の保護を重視する姿勢を示しました。

 この最高裁判決には、宗教団体による献金の勧誘行為について、その違法性の判断のあり方が示されており、意義があるものと言えます。