聴覚障害のある児童の交通事故損害賠償に関する新しい判例
〜障害を理由とする減額を否定〜
聴覚障害のある小学生の児童が交通事故に遭って亡くなった場合の逸失利益(経済的損害)はどのように算定されるべきか。
このことが問題になった裁判で、大阪地方裁判所は、聴覚障害があったことを理由に一定の減額をした判決を言い渡していましたが、大阪高等裁判所は、2025年1 月20日、大阪地裁の判断を変更し、障害を理由とする減額をせずに損害を算定して賠償を命ずる判決を言い渡しました。
1 これまでは減額するのが通例
交通事故などによって被害者が亡くなった場合の損害賠償では、大きく分けると、被害者に生じた経済的な損害と、精神的苦痛についての損害(慰謝料)について賠償の請求がなされます。
経済的な損害で主なものとして「逸失利益」があります。
事故がなければ得られたはずの利益(将来の収入)を算定し、その利益を失ったことを損害として賠償を求めます。
被害者が児童や学生の場合は、通常、統計上の平均賃金の額をもとに逸失利益の算定がなされますが、被害者が障害を有していた場合は、これまでの裁判例では、平均賃金の額をそのまま基にするのではなく、一定の減額をして逸失利益を算定するのが通例でした。
障害を有している児童の場合は、将来、就労可能な年齢になって就労したとしても、障害のない人と同じような収入を得られる可能性は低いというのがその理由です。本件の1 審の大阪地裁も、15%の減額をして逸失利益を算定しました。
しかし、本件の大阪高裁は、障害を理由とする減額をせずに損害を算定し、賠償を命ずる判決を言い渡しました。
2 「障害」の捉え方の転換
注目されるのは、その理由です。大阪高裁判決は、その理由の中で、近年、「障害」の捉え方が転換されていることや、そのことが障害者法制にも反映されてきていることについて、詳しく述べています。
従来、「障害」は、個人の心身機能の問題であり、医療によって社会に適応していくものと捉えられていました(医療モデル)。
これに対し、近年は、「障害」は社会環境などの障壁によって生み出されるものであり、社会がその障壁を解消すべきものと捉えられるようになっています(社会モデル)。
例えば、店の入口に段差があり、車椅子の人が段差のために店に入れないという場合、「医療モデル」では、店に入れないのはその人に足の障害があるのが原因と考えます。
しかし、「社会モデル」では、店の入口にスロープがないのが原因と考えます。入口にスロープがありさえすれば、その人の足が動かないことは「障害」にはならないわけです。
日本も批准している障害者権利条約や、同条約を受けて国内法として整備された障害者差別解消法は、そのような「社会モデル」の考え方を取り入れて「障害」を定義し、行政や事業者に対し、社会的障壁を解消する措置をとることを求めています。
2024年4 月からは、改正された障害者差別解消法が施行されており、社会的障壁の解消に関して行政や事業者が措置をとるべきことが義務化されています。
大阪高裁判決は、そうしたことを指摘し、障害を理由とする減額をせずに逸失利益を算定しました。
判決の理由では、被害児童の能力が他の児童と比べても遜色なかったことなども述べられていますが、判決の根底には、障害の「社会モデル」の考え方があると思われます。