事務所ニュース [2016年6月号]

定年後も同じ仕事なら正社員と同一賃金に(東京地裁)

1 「定年後の再雇用で全く同じ仕事をするときに賃金を下げるのは違法」(東京地裁判決)

定年後に期限付きの嘱託社員として再雇用されたトラック運転手3人が、定年前と全く同じ仕事であるのに賃金を2~3割下げたのは違法であるとして、勤務先の運送会社(横浜市)に対して定年前と同じ賃金を払うように求める裁判を起こしていました。その判決が去る5月13日に東京地裁でありました。

ニュースでも報道されましたが、東京地裁は、「全く同じ仕事であるときに賃金額が異なるのは労働契約法20条に違反する」として、正社員の賃金との差額を支払うように命じました。控訴されましたので高裁で変更される可能性はありますが、この問題についての初めての判決であり、ご説明いたします。

 

2 労働契約法(20条)の定め

契約社員、嘱託社員、パートタイマーなどが増え、非正規労働者と正規労働者(正社員)との賃金格差の問題が出ています。そこで、2012年の「労働契約法」の改正で、「有期契約労働者と無期契約労働者(正社員)との間の労働条件の違いは不合理なものであってはならない」という規定(20条)が設けられました(労働関係の法律では「労働基準法」が有名ですが、2007年に労働契約の基本法として「労働契約法」ができています)。

前記の裁判では、定年後の嘱託社員が定年前の正社員のときと全く同じ仕事をしているのに賃金が大きく下げられましたので、20条に違反しないかが問題になりました。

 

3 東京地裁の判断

会社側は、定年後の再雇用制度は高年齢者雇用安定法の求めにより設けているもので、定年後の賃金が下がっても不合理というべきではないと主張しました。これに対し、東京地裁は、一般に定年後の再雇用制度においては賃金が下げられることが多いこと、また、年功的処遇を維持しつつ賃金コストを一定限度に抑制するために定年制が広く採用されていることを認めて、定年後の継続雇用者の賃金を定年前から下げること自体には合理性があると判断しました。このように、東京地裁の判決も、定年後の再雇用で賃金が下がること自体を違法としたわけではありません。ただ、判決は、全く同じ仕事のときにまで賃金を下げることが一般とまではいえないとし、定年後再雇用制度を賃金コストを圧縮する手段とすることまでは正当でないとして、この会社の場合は20条に違反すると判断しました。

 

4 「同一労働同一賃金」の原則

わが国では非正規労働者が約4割にもなっていますが、賃金は正規労働者の6割ほどしかありません。2008年には経済開発協力機構(OECD)から正社員と非正規社員との格差を是正するようにとの勧告を受けています。そこで、政府は、昨年、「労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律」(同一労働同一賃金推進法)を定めて、非正規労働者の賃金格差の問題の取り組みを始めました。

その際に提唱されているのが、同一の仕事に従事する労働者には同一の賃金が支払われるべきだという「同一労働同一賃金」の原則です。もともとは女性の賃金差別を是正するために100年程前にヨーロッパで提唱されたもので、国際労働機関(ILO)では最も重要な原則の一つとして位置づけられています。欧米では当然の考え方とされており、企業を超えて同じ職種であれば同一の賃金を払うという考えにまでなっているようです。定年後の再雇用の賃金が大幅にダウンする日本の現状は、欧米であれば年齢差別とみなされるのではないかという指摘がありました。そのような議論のなかで先の東京地裁の判決が出たものです。

 

5 この判決の意味

東京地裁の判決も、定年制や定年後再雇用の場合に賃金が下がること自体を否定したものではありません。仕事内容が全く同じ場合について賃金を大幅に減額したことが違法だと判断したものです。それ以外の場合、たとえば、定年後の仕事が少し変わった場合はどうなのか、あるいは、賃金が少しだけ下がった場合はどうなのか、そして、仕事の同一性の判断はどうするのか、これらは今後の議論に委ねられています。

同一賃金の実現はさまざまなところに関係します。経営側としては有期労働者の賃金を上げることで人件費の総額が増える問題があります。一方、労働側には、非正規労働者の賃金を上げることで正社員の賃金水準が低下するのではないかとの不安があります。トヨタ自動車は、工場勤務の社員について定年後も65歳まで定年前と同水準で処遇する再雇用制度を導入するようですが、どこの会社でもできることではありません。

しかし、約4割にもなった非正規労働者の賃金の問題は放置できません。東京地裁の判決は、そのうちの定年後の再雇用者について判断したものですが、広く雇用の形態と賃金のあり方や、「同一労働同一賃金」をどう実現するかについて国民的な議論が要ることを示したと思います。

(弁護士 松森 彬)

 


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