1 これまで日本では、内縁の夫婦などを別にして、遺言を書くことは多くなかったように思います。ただ、最近は、公正証書遺言の作成件数が10年前の1.5倍になったという報道もあり、増えていると言います。一体どの位の人が遺言を書いているかを調べてみました。
2 遺言は、公正証書遺言と自筆証書遺言があります。公正証書遺言の方が多く、2017年に作成された件数は11万0191件でした。2007年が7万4160件でしたので、公正証書遺言を作る人が10年で5割増えています。
また、自筆証書遺言は、毎年の作成件数はわかりませんが、死後に家裁へ提出して検認する必要がありますので、検認の件数を調べると、2017年は1万7394件でした。2007年は1万3309件で、1997年は8895件でした。死亡者数に占める割合は、1997年は死亡者91万人の1.0%でしたが、2017年は死亡者134万人の1.3%ですから、率が増えてはいます。ただ、それでも全体の1.3%です。
3 公正証書遺言は、自筆証書遺言の5~6倍程度多く作られているようですので、死亡者の7%程度でしょうか。自筆証書遺言の1.3%と公正証書遺言の約7%を足した約8%程度が、わが国で最近作成されている遺言の割合ということになると思います。
4 この約8%程度という割合は、次の検討からも言えると思います。すなわち、公正証書遺言が年間約11万件作成され、また、自筆証書遺言が年間約1万7000件程度作成されたとして(この数字は検認の件数ですが、今の作成はもっと多いと思われますので)、合わせておおよそ年間約13万件の遺言が作成されているようです。亡くなった人は、2017年の場合、年間134万人です。2017年に遺言を書いた約13万人が亡くなるのは将来で、将来はもっと死亡者数が増えると思われますので、遺言を書く人は全体の1割弱程度ということが言えそうです。また、2017年の65歳以上の高齢者人口は3515万人(人口全体の28%)です。遺言を書くことが多いと思われる60歳から80歳位までの人が毎年約13万人ずつ遺言を書くと、20年間の遺言の総数は260万件になります。これは3515万人の高齢者人口の約7%にあたります。
5 このようにみますと、最近は1割弱の人が遺言を書くようになっていると言えそうです。私は、遺言を書く人はもっと少ないと思っていました。遺言を書く人は結構増えているなと思います。
6 相続や遺言をどう考えるかは、人によっていろいろな考えがあると思いますが、私は、法律も、どういう理念でできているのかが、あいまいであると思います。たとえば遺言を望ましいと考えているのか、あるいは法定相続を原則の形と考えているのか、はっきりしません。それは、相続と遺言についての法律制度が、歴史的にさまざまあるからのようです。遺言は、古代のローマ法の時代からあったといいます。イギリスやアメリカでは遺言を書く人が多いといいますが、ドイツはそれほど使われていないとも聞きます。日本でも江戸時代に遺言に似た制度があったといいますが、明治時代以降は、遺言はあまり使われていません。財産は生前に使い切ろうと、ドブに捨てようと、全部寄付しようと、個人の自由であると言いますが、個人の財産処分の自由をどこまで認めるか、また、家族の財産保護を考えて遺留分制度を設けるかなど、国により、また時代により色々な考え方があるようです。個人の財産処分の自由の考え方に立てば、遺言による死後の財産の処分を自由に認めてよいという考え方になりますが、他方、家族にも財産について権利がある場合もあるでしょうし、また、子に渡すときは平等に扱うのが人間の平等という理念からは望ましいともいえます。今の法律は、遺留分という一定の制限は設けながら、遺言で自由に処分ができることを認めているのですが、他方で、法律は、遺言がなければ平等な相続分にするとしています。いくつもの価値観が折衷されてできている制度であるように思います。相続をめぐる紛争が少なくないのは、国として相続制度の適切なあり方や使い方について検討や情報提供が十分にできていないことも影響していると思います。(弁護士 松森 彬)