辞職とは、労働者の一方的意思表示による労働契約の解約をいいます。期間の定めのない雇用契約においては、民法627条1項により、労働者は2週間の予告期間を置けば、いつでも雇用契約を解約できます(労働条件により一定の例外があります。)。
他方、合意解約とは、労働者と使用者が合意によって労働契約を将来に向けて解約することをいいます。
辞職と合意解約は、いずれも労働契約の解約という点で同じですが、労働者による意思表示の後に撤回ができるかどうかという点で異なります。すなわち、労働者の一方的解約としての辞職の意思表示は、使用者に到達した時点で効力を生じ、これ以降は撤回することができなくなります。これに対し、合意解約は、両当事者の意思表示が合致することにより成立するため、労働者の合意解約の申入れの意思表示については、使用者側が承諾の意思表示をするまでは撤回することができるとされています。
そこで、辞職と合意解約とをどのように区別するかが問題になります。
この点が争われた裁判例をご紹介します。
〇大阪地判平成10年7月17日労判750号79頁
上司から休職処分を言い渡されたことに反発して、「会社を辞めたる。」旨発言した事案
「辞職の意思表示は、生活の基盤たる従業員の地位を、直ちに失わせる旨の意思表示であるから、その認定は慎重に行うべきであって、労働者による退職又は辞職の表明は、使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかな場合に限り、辞職の意思表示と解すべきであって、そうでない場合には、雇用契約の合意解約の申込みと解すべきである。」として、「会社を辞めたる。」旨の発言については、辞職の意思表示ではなく、雇用契約の合意解約の申込みと解すべきと判断された。
〇横浜地判平成23年7月26日労判1035号88頁
懲戒解雇と自主退職の二者択一を迫られるのであれば、自主退職を選択したい旨発言した事案
「原告は、自ら積極的に自主退職の意思表示をしたのではなく、本件面談において、その進退について話し合う中で、被告側から暗に自主退職を勧められ、最終的に自主退職を選択する意思表示をしたものであり、これを受けた被告側としても、退職日及び退職日までの給与支払いについて原告の希望に沿った扱いとするよう調整する旨述べ、その後、・・・被告が原告の退職の申出を承認する旨の本件通知を発するなど、原告の退職については、それに伴う具体的な処遇も含め、被告において検討する余地が残されていたことがうかがえる。したがって、本件面談の場における原告の自主退職の意思表示は、本件雇用契約の解約告知ではなく、・・・退職勧奨を契機とした雇用契約の合意解約の申込みであるというべきである。」
これらの裁判例から、退職届や辞表といった書面が提出されている場合は労働者において確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかであり、辞職の意思表示と解される一方、使用者側との話し合いの中で労働者が退職する旨を口頭で述べた場合には合意解約の申込みと解される傾向にあるように思われます。
そのため、労働者から口頭で退職の意思表示が示された場合、使用者側が早期に退職をまとめたいのであれば、早急に労働者と協議して合意をまとめ、その旨の書面を作成しておくべきです。また、退職届等の書面を受け取った場合にも、受理した旨を労働者に書面で回答し、辞職か合意解約の意思表示かという無用の争いを避けることが望まれます。
逆に、労働者側としては、退職についてはっきりしない発言ややり取りをした場合には、誤解やトラブルを避けるため、できるだけ早く、明確に、退職についての自身の考えを使用者側に伝えるべきです。(2025年6月11日 弁護士 柳本 千恵)