西天満総合法律事務所NISITENMA SŌGŌ LAW OFFICE

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今の裁判所 ー 「裁判所データブック2024」を見て

「裁判所データブック2024」が2024年10月15日に発行されました。2023年の民事訴訟、刑事訴訟、家事審判などの件数や、裁判官の人数、裁判所の予算などが書かれており、今の司法の概況がわかります。私の意見も付けて要点をご説明します。

私は、このコラムの2023年12月26日の記事で、「裁判所データブック2023」を基にして「今の裁判所 ー 裁判の件数、裁判官の人数、予算」という記事を書きました。この記事も、数値などを2023年次のものに変えた以外は、基本的には 2023年12月の記事を基にしています。

裁判所データブックは、司法改革の議論のあと、2002年から毎年最高裁判所が編集して法曹会から出しています。定価は1136円(税別)です。最高裁のホームページにも掲載されています。弁護士の人数や活動については、日本弁護士連合会が「弁護士白書」を発行しており、弁護士の人数など基礎的な統計は日弁連のホームページにも掲載しています。

1 民事訴訟
(1)地方裁判所の民事訴訟(件数、終了の仕方、審理期間など)
ア 民事訴訟は約13万件
地方裁判所の民事訴訟は、貸金返還請求や、売買代金請求、交通事故等の損害賠償、不動産事件、労働事件など多種多様です。
2023年(令和5年)の民事訴訟の新受件数(受理した事件数)は、13万5673件でした。2022年は12万6664件でしたから、約9000件増えました。2020年(令和2年)1月から始まった新型コロナウィルス感染症の拡大で経済活動などが停滞し、この間裁判も少し減った可能性がありますが、その前も14万件台でしたから、それほど大きな変化ではありません。1985年から1992年の間は、だいたい13万件でした。その後、サラ金の過払金の返還請求事件が増えて、16万件にまで増えましたが、2013年(平成25年)ころから再び14万件台です。一時期多かったサラ金事件を除いて30年位の期間で見ますと、日本の民事訴訟の件数は、あまり大きな変化がないといえます。
問題は、これで国民・市民の権利が実現しているか、当事者は納得しているかです。裁判当事者のアンケート調査では、満足度は大変低い結果になっています。外国に比べて裁判の手数料が高く、法律扶助は返還が必要で、弁護士費用保険の整備が遅れており、裁判官の数は少なく、人証調べに消極で、和解を押し付けられることもあり、賠償額も高いとはいえず、執行ができないこともあり、全体として不親切な裁判になっていて、そのために利用が増えていない懸念があります。

民事事件とは別に行政事件があります。2023年に地方裁判所に提訴された行政事件は、1701件でした。行政事件や労働事件も外国に比べて大変少ないのですが、この点も原因を究明する必要があります。

イ 判決と和解
民事訴訟がどういう形で終わったかですが、2023年に判決が出た事件は6万7986件(2022年は6万0308件)で、和解が成立した事件が4万4909件(2022年は4万3268件)、その他(取下げなど)が2万4701件(2022年は2万8224件)でした。判決のうち、欠席判決(相手方が裁判に欠席して争わない)が3万3549件(2022年は2万6773件)あり、実質的に争われた対席事件の判決は3万4405件(2022年は3万3497件)です。対席判決と和解の割合は、44%対56%(2022年も同じ割合)でした。30年前の1992年(平成4年)なども、ほぼ同じ割合でした。このように、争いがある民事事件も、半分強は和解が成立して終わり、半分弱の事件が判決の言渡しを受けています。判決が出ますと、8割の事件はそれで終わり、高裁への控訴(不服申立)がされるのは約2割です。

ウ 本人訴訟は減っている
地方裁判所の民事訴訟では、弁護士の代理人が付くことがふつうです。かつては双方とも本人という訴訟が20%程度ありました。10年程前から本人訴訟は減り始め、2023年(令和5年)は双方本人のみという訴訟は7%にまで減りました。(2022年も7%)。原告側は90%が弁護士を選任しています(2022年も90%)。弁護士が増え、アクセスが容易になってきたことが原因である可能性がありますが、さらに検討が必要です。

エ 平均審理期間は9.8か月
通常の民事訴訟の平均の審理期間は、9.8か月です(2022年は10.5か月)。ただ、行政訴訟は17.3か月、知的財産権訴訟は15.8か月、労働関係の訴訟は17.9か月、医事関係の訴訟は26.6か月と、長くかかっています。

(2)簡易裁判所の民事訴訟
簡易裁判所は140万円以下の民事事件を扱います。貸金業者が貸金の返還を求める訴訟をたくさん起こしますので、件数は多く、2023年は37万6555件(2022年は32万6443件)でした。
また、簡易裁判所には60万円以下の紛争を扱う「少額訴訟」があります。2023年は7339件の利用がありました。

2 家事事件(人事訴訟、家事調停、審判)
離婚や相続など家族間の紛争は、家庭裁判所が担当しています。
離婚などの人事訴訟は、8830件でした。離婚は、訴訟までいかずに調停で解決することが多く、離婚や遺産分割を扱う家事調停事件は12万6185件ありました。調停がまとまる率は約6割です。
家庭裁判所では、養育料や婚姻費用(生活費)の請求、遺産分割、後見などの審判の事件が多く、100万7580件でした。2022年は97万6082件でしたが、2023年は始めて100万件を超えました。家事審判事件は年々増えており、30年間に3.5倍になりました(1993年は28万6843件)。高齢化に伴い、成年後見の申立も増えており、5万7292件でした。

3 控訴、上告
民事訴訟は、約2割の事件で控訴(高裁への不服申立)がされています。2023年の控訴事件は1万3274件でした。
高裁では1回の期日で結審することが増えていて、なかには討議もないままに結論が逆転することもあり、当事者・弁護士から批判があります。このデータブックには期日の回数や証人の数などは出ていませんので、審理のあり方については裁判迅速化検証報告書などを検討する必要があります。

最高裁への上告(上告受理申立を含む)は、4476件でした。30年前と比べると上告事件は2倍に増えています。ただ、最高裁が上告を受理して、実質的な審理をするのは年間数十件です。民事訴訟法が改正されて上告が制限され、下級審の判決が見直される割合は3分の1から4分の1程度に減っています。

4 調停、労働審判

民事調停事件は、2万9612件でした。2022年は3万4073件でしたから少し減りました。調停はサラ金問題があるときは特別に多かったのですが、サラ金の問題が終ったあとは、利用は横ばいか減少気味です。
また、労働審判は、3473件でした。労働審判は、2009年以来、ずっと3000件台で、それ以上増えたことはなく、横ばいです。

5 破産、再生、執行
破産事件は、7万8215件でした。法人の破産は、そのうちの1割で、9割が個人の破産です。破産事件はサラ金問題があった2003年(平成15年)に25万件以上ありましたが、現在はかなり減りました。
民事再生事件は、通常再生事件が113件、個人再生事件が9440件で、これらも20年前に比べて少なくなっています。
執行事件ですが、30年程の長い期間の変化で見ますと、不動産執行事件と動産執行事件は減りましたが、債権執行事件(14万3852件)と不動産の引渡事件(3万4410件)は今も多数の申立があります。

6 刑事事件
地方裁判所の刑事訴訟事件は、6万4987件でした(2022年は5万9503件)。刑事事件は、1995年(昭和30年)以降で見た場合、2004年(平成16年)の11万3464件がピークで、その後は減少傾向です。

簡易裁判所の刑事事件は、3070件でした(2022年は2949件)。略式事件の件数は、16万0466件と多いのですが、30年前は100万件を超えていましたから、そのときと比べますと大幅に減っています。刑事事件の控訴事件は、4663件でした。
司法改革で「裁判員裁判」の制度ができましたが、2023年に裁判員裁判で裁判がされた人数は807人でした。審理のために、裁判員が4714人、補充裁判員が1610人選任されました。
また、司法改革で被疑者段階から国選弁護人が付く制度ができました。2023年は簡易裁判所で4万9163人の被疑者に国選弁護人が選任され、地方裁判所で3万1121人の被疑者に国選弁護人が選任されました。
少年保護事件は、5万2642件でした。少年保護事件は2006年(平成18年)までは20万件以上ありましたが、減りました。弁護士が付添人として付く割合は、全体の2割にとどまっています。

7 裁判所の施設、人、予算
裁判所は、最高裁のほか、全国に高等裁判所の本庁が8、支部が6、地方裁判所と家庭裁判所の本庁が50、支部が203あります。また、簡易裁判所が438あります。データブックには書かれていませんが、支部には、裁判官が常駐していないところが40以上あります(2018年時点)。

裁判所の人ですが、裁判官(簡裁判事を除く)の定員は、現在3020人(令和6年)です。司法改革で法律家の増員が決まり、司法試験の合格者を増やしました。弁護士は、司法制度改革審議会の意見書が出た2001年(平成13年)の1万8243人が2024年現在は2.5倍の4万5825人に増えています。日弁連は、2003年に裁判官と検察官の倍増を求める意見書をまとめ、当時の裁判官の人数2300人を10年で2倍に増やして4600人にするよう求めました(私はこのとき日弁連で意見書をまとめるプロジェクトチームの座長をしました)。その後、最高裁は裁判官を毎年数十人ずつですが増員をはかり、20年かけて約700人増やし、2020年(令和2年)の裁判官の定員(簡裁判事を除く)は3075人になりました。ただ、この程度の増員では、日本の裁判官の数は外国に比べて人口比で少ないままで、東京地裁の裁判官は手持事件が1人約190件(2017年)もあり、到底充実した審理を迅速に行うことはできません。ところが、最高裁は、定員の充足ができず、2022年度(令和4年度)からは定員の増員をやめて、逆に定員の減員を始め、2022年度(令和4年度)の裁判官(簡裁判事を除く)は3035人とし、2024年(令和6年)の定員は前述したように3020人にしました。しかし、裁判官の増員が実現しないと、人々は裁判所で十分な裁判を受けることができないので、大きな問題です。

職員は、書記官が9878人(8500人)、速記官が195人(435人)、家庭裁判所調査官が1598人(1568人)、事務官が9368人(9629人)、その他が674人(1931人)で、職員の合計は2万1713人(2万2063人)です(いずれも令和6年度の定員。かっこ内は約20年前の2003年の定員数)。

裁判所の令和6年度(2024年度)の予算は、3309億7900万円です(令和5年度は3222億1678万円)。8割が人件費というのが特徴です。約20年前の2003年度(平成15年度)の裁判所予算は3178億円で、今とほとんど変わりません(「裁判所データブック2003」)。この間、国の予算は増え、令和6年度は112兆5716億円ですが、裁判所の予算は増額されることなく、国の予算に占める割合はどんどん下がり、令和5年度に初めて0.3%を下回り、令和6年度は0.294%でした。また、法律扶助の事業は法務省予算ですが、これも外国に比べて少額です。

司法は三権分立の一翼を担いますが、日本では司法基盤の整備が遅れていて、未だに人も予算も脆弱です。裁判利用者の満足度が低く、利用件数が増えないのは、司法の基盤と制度が整備されていないことに一番の原因があるのではないかと考えられます。憲法32条が定める裁判を受ける権利は、民事事件については「裁判を求める権利」を有することを意味すると解されています。この裁判を求める権利が実現していません。

2001年の司法制度改革審議会の意見書により行われた司法改革で、目的の一つとされた弁護士の大幅増員は実現しました。次は、裁判官の大幅増員、裁判官の選任制度の改革(弁護士経験者から適任の裁判官を選ぶ法曹一元制度の導入)、裁判手数料の無償又は低額化など、裁判所の改革が必要です。

8 弁護士会で司法計画を
裁判所は、古くから「司法統計」をまとめており、裁判所データブックも、裁判所の現状を知るためには役に立ちますが、何らの説明は無く、問題点や目指す方向は書かれていません。医療の分野では、提供する医療の質と量を向上させるために体制や目標を定めた「医療計画」を作成しています。司法も、どのように整備するかについて、目標を定めた司法全体の計画と地域の司法計画が必要です。裁判所は、一般公務員よりも高い裁判官の給与体系が議論の対象になることをおそれて、大幅な増員を求めない傾向があります。まずは、弁護士会が国民の求める司法を実現するための司法計画を作ることが求められていると思います。(弁護士 松森 彬)