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近畿弁護士会連合会の「訴訟当事者の権利」宣言

1 初めて「訴訟当事者の権利」を宣言

 近畿弁護士会連合会(近弁連)は、2025年(令和7年)11月28日大阪弁護士会館で開いた近畿弁護士会連合会大会において、「訴訟当事者の権利」を宣言しました。
 「訴訟当事者の権利」の宣言は、人々が民事訴訟の原告や被告になったときに、国や裁判所、裁判官、弁護士に対して、どのような権利を持っているかを確認し、それらが尊重されなければならないことを宣言したものです。
 これまで、訴訟当事者が持っている権利を網羅的に確認し、それらが尊重されるべきことを提唱した文献や決議はなく、わが国で初めてのことになります。
 私は、この「訴訟当事者の権利」の宣言を作成した近弁連の委員会(司法問題対策委員会)の委員として関わりました。宣言の内容と意義をご説明します。

2 「訴訟当事者の権利」宣言の内容

 近弁連の宣言は、次のとおりです(別に提案理由があります)。

          訴訟当事者の権利

 すべての人は、憲法が保障する裁判を受ける権利を持っており、民事訴訟の当事者(原告あるいは被告など)となるときは、裁判を受ける権利及び民事訴訟法その他関連する法律に基づき、国、裁判所、裁判官に対して、訴訟制度及び訴訟手続について以下に述べる権利を有する。また、訴訟当事者は、委任契約及び弁護士の法律専門職としての責務に基づき、委任した弁護士に対して、以下に述べる権利を有する。
 裁判官、弁護士ら訴訟関係者は、これらの訴訟当事者の権利を日々の訴訟において尊重する必要があり、また、国、裁判所は、その確立のために、裁判官の増員などの人的物的基盤の整備、情報・証拠収集手続の拡充などの施策を講ずる責務がある。
 私たち弁護士は、民事弁護にあたり訴訟当事者の権利を尊重するとともに、国、裁判所、裁判官に対し訴訟当事者の権利の尊重と、その確立のために必要な施策の実施を求める。
1 (訴訟当事者の権利を尊重した丁寧な訴訟を求める権利)
  訴訟当事者は、裁判所と委任した弁護士に対して、訴訟当事者の権利を尊重した丁寧な訴訟を求めることができる。
2 (公正、適正、充実、迅速な審理を求める権利)
  訴訟当事者は、裁判所に対して、公正、適正、充実、迅速な審理を求めることができる。
3 (弁護士の民事弁護を受ける権利)
  訴訟当事者は、弁護士の民事弁護を受けることができる。
4 (費用・法律扶助についての権利)
  訴訟当事者は、経済的事情で訴訟をすることが困難であるときは、国に対して、公的な法律扶助を求めることができる。訴訟当事者は、国、裁判所、委任する弁護士に対して、訴訟に要する費用について情報の提供と説明を求めることができる。
5 (手続に関する情報の提供と説明を受ける権利)
  訴訟当事者は、裁判所と委任した弁護士に対して、訴訟の手続や進行について、必要な情報の提供と説明を求めることができる。
6 (当事者の意思の尊重)
  訴訟当事者は、裁判所と委任した弁護士に対して、訴訟の手続や進行について、当事者の意思を尊重するよう求めることができる。
7 (審理の充実を求める権利)
(1)(情報・証拠を集める権利)
  訴訟当事者は、訴訟のために情報・証拠を集めることができる。
(2)(討論、協議を求める権利)
  訴訟当事者は、裁判所と委任した弁護士に対して、裁判所と弁護士が必要に応じて論点についての討論と進行についての協議をするよう求めることができる。
8 (法的審問請求権)
  訴訟当事者は、下記の権利を中心とした法的審問請求権を有する。
(1)(弁論権)
  訴訟当事者は、裁判所に対して、判決の基礎となる法律上・事実上の諸点について適宜に意見を述べることができる。
(2)(証明権)
  訴訟当事者は、裁判所に対して、証拠を調べるよう求めることができる。
(3)(十分な理由のある判決を求める権利)
  訴訟当事者は、裁判所に対して、十分な理由のある判決を求めることができる。

3 訴訟当事者の権利について

 訴訟当事者が持っている権利については、民事訴訟法学者の山木戸克己教授(神戸大学)が昭和36年に「訴訟における当事者権」という論文で訴訟当事者の権利を認めることの意義は重要であると指摘しました。最近では新堂幸司教授(東京大学)が同様の指摘をしています。しかし、いずれも簡単な指摘にとどまり、その内容や意義は述べられていません。

 訴訟当事者の権利のなかで、訴訟実務において最も重要なものは「法的審問請求権」です。法的審問請求権とは、当事者は裁判所において法律上の審問を請求することができるという権利で、そこには主張する権利、立証する権利、手続について情報を求める権利、充分な理由のある判決を求める権利などが含まれています。ドイツの憲法に相当する基本法に明文の規定(103条1項)があります。日本では、民事訴訟法学者の中野貞一郎教授(大阪大学)や松本博之教授(大阪市立大学)、憲法学者の笹田栄司教授(早稲田大学)らが研究しており、日本の憲法32条の裁判を受ける権利に法的審問請求権が含まれていると解することで学説上、ほぼ争いがありません。

 ところが、今の訴訟実務で法的審問請求権の言葉が使われることはまずありません。多くの裁判官も弁護士も意識していないといえます。その原因は、裁判を受ける権利について憲法学でも民事訴訟法学でもあまり研究や議論がされてこなかったことと、弁護士や弁護士会が訴訟当事者の権利を取り上げてこなかったことがあると思います。日本弁護士連合会(日弁連)は、これまでさまざまな法的問題について意見や提言を発表していますが、裁判を受ける権利については、民事法律扶助の拡充が裁判を受ける権利を実質的に保障するために必要であるという決議を2002年5月24日、2023年3月3日などにしただけで、それ以外に訴訟当事者の権利を取り上げたことがありません。

 日本ではこのような状況にありますが、ドイツでは、裁判官の権能が強い現代の民事訴訟においては当事者が有する法的審問請求権などの訴訟基本権がますます重要であると考えられています。ディーター・ライポルド名誉教授(フライブルク大学)は、日本における講演(松本博之訳)で、同教授の最近のコンメンタールにおける手続諸原則に関する個所は法的審問請求権がもっとも広いスペースを占めていると説明し、「今日、非常に強化された裁判官権能に対する対重(Gegengewicht)(筆者注:釣り合いをとる重り、バランスウェイトの意味)として、訴訟基本権が最強の顧慮に値する。当事者権の保護と民事訴訟の権利保護課題の維持は、訴訟基本権の活性化によってのみ期待することができる。」と述べています(高田昌宏他編「グローバル化と社会国家原則―日独シンポジウムー」278頁、279頁)。

4 私の「訴訟当事者の権利」の論稿

 私は、2024年5月に「訴訟当事者の権利―丁寧で親切な訴訟を実現するために」という論稿を発表しました(法律時報2024年5月号64頁)。
 私が、訴訟当事者の権利の確認と確立が必要であると考えた理由は、次のとおりです。
 一つは、最近の民事訴訟は、証人調べが減り、高裁では1回の期日で結審する例が8割近くにまで増えており、その中で当事者の弁論権、証明権(証拠調べ請求権)がないがしろにされる例があるという現実です。私も、裁判所はもっと調べるべきではないかと思うことが増えてきました。

 二つは、2019年に最高裁は6か月で終わる「簡易な特別訴訟」と裁判官がいつでも出せる「和解に代わる決定」という二つの制度の新設を提案したことです。前者の特別訴訟は、その後、6か月で終わる法定審理期間訴訟手続として法制化されました。審理期間を制限した訴訟手続は近代訴訟制度を採る外国にはありませんが、それが特段の調査や報告書もないままに、研究会と法制審議会の審議で成案化されました。各地の弁護士会や消費者団体などは反対し、マスコミも社説で警鐘を鳴らし、国会で立憲民主党と共産党などが反対しましたが、民事訴訟のIT化のための改正法の中に含まれて法制化されました。後者の「和解に代わる決定」は、これができますと裁判官が判決を書く手間を嫌がって乱用するおそれがあるという反対意見が多数出て、成立しませんでした。簡易な特別訴訟が提案された背景には、一部の学者が主張している、民事事件はしょせん金銭や欲得の問題であるという考え方が見え隠れしました。しかし、ほとんどの当事者は事実に基づいて法律で認められる自身の権利の実現を求めています。民事訴訟は単なる欲得の係争だというのは民事訴訟の実態と乖離します。訴訟の経験を踏まえて、弁護士が訴訟の実際と当事者、国民の思いを明らかにする必要があると思いました。
 日本では江戸時代まで行政を掌る奉行所が司法の事務もこなしていました。奉行所は、民事裁判(出入筋)については、和解(内済)をしなければ牢屋に入れるとまで言って、和解をさせたようです。明治になって裁判所ができましたが、江戸時代の町村役人による協議前置にならって勧解という調停前置の制度を設け、できるだけ訴訟にならないようにしました。明治23年に民事訴訟法を制定して近代訴訟制度を導入し、勧解は廃止しましたが、大正期になると調停制度を設けました。今の裁判所も事実の審理は手間がかかるのでできれば避けたいという意向があり、日本の歴史的な傾向が残っているという感じがあります。しかも、日本では、民事訴訟の目的について学界の議論がまとまっていません。ドイツでは、民事訴訟の目的は人々の権利の実現であるとするのが通説ですが、日本では、紛争の解決が目的であるとする学説があり、裁判所にも影響を与えています。紛争の解決が目的であるとなると、真実の解明はないがしろになるおそれがあります。
 私は、民事訴訟の目的の議論が定まらず、最高裁から簡易な特別訴訟の提案がされたことから、このままでは日本の民事訴訟は近代訴訟から外れていくと思うようになりました。西口元・元裁判官も、同じような懸念を持っておられるようで、論文に、日本の裁判は審理が形骸化していて、ガラパゴス化するおそれがあると書いています。私は、弁護士や弁護士会がこれまでのように個別の問題について意見を言うだけでは、日本の民事訴訟の今のベクトルの向きは変わらないと思い、主権者である国民の立場に立って、あるべき姿の民事訴訟を提案し、それを国民、法律家で共有する必要があると思うようになりました。そこで、「訴訟当事者の権利」の論稿を書きました。

 三つは、弁護士会はこれまでから民事訴訟手続について種々の意見を述べてきましたが、裁判所がそれを認めることは少なかったように思うことです。たとえば、近弁連は高裁の一回結審の見直しを求める意見書を2018年に発表しましたが、その後も強引な1回結審が報告されています。弁護士・弁護士会の意見では裁判官・裁判所への説得力は弱いように思います。また、協議会などで弁護士会が裁判の充実・改善を裁判所に申し入れると、裁判所からは代理人の弁護士の側に問題があるなどの反論が出て、裁判官と弁護士の責任のなすり合いになることもありました。
 やはり、主権者であり、訴訟の主人公である訴訟当事者の立場に立った考察と意見が民事訴訟のあり方を提唱するために必要であると思いました。その場合、当事者の裁判所に対する権利だけでなく、弁護士に対する権利として、これまで弁護士があまり取り上げなかった弁護士の仕事の仕方についての注文も出てくると思われますが、それは当事者が大事にされる裁判を実現するためには当然必要なことであり、取り組みの方法としても妥当であると思いました。

 四つは、医療における患者の権利です。患者の権利は、訴訟当事者の権利の確認、確立が民事訴訟のあり方を変えるきっかけになるかもしれないと考えるヒントになりました。私は、以前から法律事務所や弁護士業務のあり方を考えるとき医療と比較してきました。弁護士も医師も、人を対象にした専門家としての仕事という点で似ていますが、医療の世界の方が、どうすれば患者のためになるかということを考え、さまざまな実践をしてきたように思います。患者の権利も1970年代に世界の医師が議論するようになり、医師会で患者の権利宣言が行われ、現在、大きな病院に行きますと、待合室などに「患者さんの権利」として額に入れて掲示されています。かつては、医師のパターナリズム(父権主義)に疑問をはさまず、患者は医療の対象であり、専門家である医師のいうことを聞いていればよいと考えられていたようです。それが、医師は患者に十分な説明をし、その意思を尊重して医療を行わなければならないことが医師の間でも確認され、医師が主人公であった医療から、患者が大事にされる医療に変わってきたと思います。医療と司法は目的も性格も異なりますが、専門家による人に対する業務という点では同じです。丁寧であることや、十分な説明、当事者の意思の尊重など、求められる事項は多くの点で共通していると思います。

5 「訴訟当事者の権利」宣言に至る経緯

 私は、2024年5月の法律雑誌に書いた「訴訟当事者の権利」の問題意識を私が所属している大阪弁護士会と近畿弁護士連合会の司法問題対策委員会の委員会で報告しました。そして、弁護士会で法的審問請求権などの「訴訟当事者の権利」を検討することを提案しました。
 いずれの委員会も、法的審問請求権などの訴訟当事者の権利の確立をはかることは大事であるとの意見が多く、取り上げることになりました。現在、民事訴訟のIT化が進んでおり、審理期間を限定した法定審理期間訴訟手続が設けられたこともあり、弁護士の間には、民事訴訟の審理の形骸化が進むのではないかとの懸念があります。

 まず、大阪弁護士会の司法問題対策委員会が、2024年11月に最近の民事訴訟の問題事例についてアンケート調査を行いました。審理における問題を中心に約60件の問題事例が報告されました。
 調査結果を基に検討を行い、2025年2月5日、大阪弁護士会の主催、近弁連と日弁連の共催でシンポジウム「法的審問請求権をご存じですか」を開催しました。シンポジウムには松本博之大阪市立大学名誉教授を招き、法的審問請求権について議論しました。また、「訴訟当事者の権利」宣言の試案を発表し、市民の参加も得て討議しました。訴訟を経験した市民からは、医療の患者の権利のような権利宣言を望むとの意見が出ました。
 シンポジウムの議論を踏まえて、近弁連の司法問題対策委員会は、2025年4月に訴訟当事者の権利宣言プロジェクトチームを設け、裁判官経験者や民事訴訟法学者の意見も聞き、「訴訟当事者の権利」の宣言案を作成しました。
 2025年11月28日に開催された第37回近畿弁護士会連合会大会で「訴訟当事者の権利」の宣言が審議され満場一致で可決承認されました。
 近弁連の「訴訟当事者の権利」宣言は、全国の裁判所、弁護士会などに送付されるとともに、近弁連のホームページに掲載される予定です。宣言の提案理由には、それぞれの権利の説明もされています。

6 これからの課題

「訴訟当事者の権利」宣言は、国、裁判所、裁判官、弁護士に対して訴訟当事者が持っている権利を8つにまとめて書いています。
 訴訟当事者の権利の一つである法的審問請求権は憲法上の権利ですが、裁判官、弁護士が日々の訴訟で意識しているかは疑問です。まずは、裁判官と弁護士が法的審問請求権を含む「訴訟当事者の権利」を認識して、それを日々の訴訟活動で尊重することが重要です。
 また、国と裁判所は、訴訟当事者の権利を実現するために、裁判官の増員と証拠収集手続などの整備を行う必要があります。
 近弁連の「訴訟当事者の権利」の宣言が、民事訴訟制度の立法、人的物的基盤の整備、法律の解釈、日々の訴訟活動など民事訴訟の全般において考慮され、人々のために役に立つことを期待しています。(2025年12月5日 弁護士 松森 彬)