今年は、裁判員が死刑の判決を出すか否かを悩む裁判が出てくると思われます。裁判員が選択しやすいように、新たに「仮釈放の無い終身刑」を設けてはどうかという案が国会議員などから出てきていますが、これに異論を唱える本が出ました。河合幹雄さんという法社会学の学者が、「終身刑の死角」(洋泉社新書)という新書を昨年秋に出されました。
現在も無期懲役の刑はありますが、途中で仮釈放されるのだろうと思っておられる人が多いようです。私も、「無期刑といっても、10年もすれば仮釈放されるのでしょう」という質問をときどき受けます。確かに法律上は10年で仮釈放が可能ですが、この本によりますと、最近は運用が大きく変わっているようでして、現在は、無期刑で仮釈放される例はほとんど無いようです。無期刑を言い渡されて刑務所に入っている囚人は約1600人いますが、そのなかで仮釈放されるのは年間に数人しかなく、2007年度は1人だけでした。そこで、無期刑の囚人は、現在はほとんどが刑務所で獄死しているとのことです。
死刑はヨーロッパでは廃止している国がほとんどです。現在も死刑を行っている先進国はアメリカ、中国などと少なくなっています。実際に犯罪をしていない「えん罪」のときに死刑を執行してしまいますと取り返しがつきません。日弁連は、いったん死刑を停止したうえで、死刑制度の存否を国民的議論で決めるよう提案しています。
死刑に代える罰として、「仮釈放の無い終身刑」が提案されているわけですが、この本は、現在の無期刑が運用としてすでに仮釈放が行われていないこと、仮釈放された無期刑の囚人で再び犯罪を犯した人は1%以下であること、などを指摘したうえで、何をしてもこれ以上刑が重くなることのない終身刑の囚人を刑務所で統制することがなかなか難しいことや、高齢化と介護の問題があることなど、死ぬまで監禁する刑にも弊害があることを指摘しています。
河合教授の意見は、死刑制度は犯罪を抑止する効果はないが、裁判で改心させる効果はあるとして、「死刑判決の可能性は残したうえで、最高裁での死刑判決は限りなくゼロに近い運用をするのが理想だ」、「無期刑の判決で更正させて仮釈放するのが理想だ」というご意見です。
これまで、刑罰のあり方について国民的な議論がされることは無かったように思います。裁判員制度が始まったことがきっかけになって、死刑制度や無期刑について国民の関心が高まっています。最近は被害者保護の考え方が強まっていまして、刑事裁判では厳罰化の傾向にありますが、もう一歩進めて、どのような刑罰制度を私たちの国の制度とするかを冷静に議論することが求められていると思います。(松森 彬)