大阪弁護士会の有志弁護士の集まりである春秋会の主催で、「民事司法改革の現状と課題」というシンポジウムが2月18日に大阪弁護士会館で開かれました。基調報告とパネリストを頼まれ、「民事司法の課題と必要な政策」を話してきました。日弁連の民事司法改革推進本部の副本部長をしていることからご指名いただいたようです。
1 民事裁判の件数は50年で2倍に増えていますが、ここ20年位は、過払金訴訟を除けば、横ばいです。日本の裁判件数は外国に比べて、人口比で、かなり少ないのですが、原因の一つとして、日本では裁判制度にかけている予算や人が少ないことが考えられます。たとえば、国民が裁判するときに必要な費用を援助する法律扶助制度が日本の制度は外国に比べて大変貧弱です。外国ではお金を返させていない国が大半ですが、日本だけはお金がない人からも返させています。また、裁判官の人数も外国に比べて随分と少なく、不親切になっている可能性があります。裁判をした国民と代理人弁護士の裁判制度に対する不満が多いことが最近の調査でわかってきました。私は、日本の裁判制度に人や予算が少ないことが大きな原因になっていると思っています。
2 最近の裁判の特徴は、一言で言いますと、早くなっているが当事者や証人の調べが減っているということです。私が一番気になる点です。率にして、40年前の約5分の1という減りようです。
高裁も同じで、高裁で証人や当事者を調べることは昨年は1%の事件だけでした。30年前は約30%の事件で当事者双方と証人2人程度を調べていました。裁判所は、地裁で必要な人証は調べていると言うのですが、地裁で調べる人数も減っており、その説明が正しいかは疑問です。
高裁では1回の期日で審理を終えることが毎年増えていて、平成25年度は78%の事件が1回で結審しました。史上最高の率です。30年前の昭和60年は、1回で結審したのは全体の23%だけでした。5回以上期日を重ねた事件の方が多く、33%ありました。すべての事件で何度も期日を開く必要はありませんが、今の状況は無理に1回で終わろうとしているのかとさえ思えます。
しかも、地裁の判決は毎年20ないし25%が高裁で取り消されます。1回の審理で、何も言わずに逆転されることもあり、当事者や代理人弁護士はたまったものではありません。取り消すというのは地裁の判決が間違っていたということです。もっとも、変更した高裁の判決が間違っていることもあると思います。したがって、「民事裁判も人間がすることなので誤判が一定程度は避けられない、それをどうするか」という前提で、地裁と高裁の裁判の制度設計と運用が要ると思います。最近の裁判所の傾向は、裁判に対する謙虚さ、丁寧さが不足しているように思えます。
3 このような裁判が増えてきた原因ですが、1番は、事件が増えても裁判官は増やさずに早く裁判を終わらせようとしてきた日本の司法政策にあると言ってよいと思います。裁判が1960年からの30年で2倍になりましたが、この間、裁判官は年間で5人程度しか増員されず、30年間で1.18倍にしか増員されませんでした。日本は「小さな司法」の政策を取ってきたことが一番の原因だと思います。2番は、「法服の王国」を書かれた作家の黒木亮氏も言っておられますが、裁判所には国民や裁判経験者の意見や批判を聞こうとする姿勢が弱かったことです。弁護士会が、裁判所は閉鎖的だ、官僚的だと批判してきた点です。特に最近の実情を見ますと、裁判所のやりたい放題になっていると言われても仕方がないと思います。3番は、訴訟代理人を務めている弁護士と弁護士会の民事裁判制度の改善改革に対する努力不足、怠慢でしょうか。4番は、司法が国民、社会に根付いていないことだと思います。
4 私は、シンポジウムでは、必要な政策として、①裁判官増員について新たな提言と取り組みをする、②裁判を変えるために裁判所・裁判官制度の改革をする、③民事裁判の問題点とあり方を国民、代理人弁護士、裁判官で詰める、④裁判手続の制度改革と運用改善をはかる、⑤裁判にかかる費用の負担について扶助や保険の整備をはかる、という5つの政策を提案しました。
5 シンポジウムのあと会場の弁護士から、「かつて刑事裁判が形骸化して、絶望の刑事裁判だと言われたことがあったが、今の民事裁判も危機にあると思う」という意見が出ました。日本の裁判の実情と課題がいろいろなところで議論されることをお願いしたいと思います。(弁護士 松森 彬)
(追記)
私は、このときの報告を基にして、月刊誌「世界」(岩波書店)の2015年(平成27年)9月号に「民事裁判の整備を怠っている日本(これでは国民の権利は護れない)」を書きました。日本の民事裁判制度の現状と課題を書いています。関心をお持ちの方は読んでいただけると幸いです。(2017年7月11日加筆)