私は、弁護士会で司法制度を調査検討する委員会に長く所属しています。今年5月まで日本弁護士連合会の民事司法改革推進本部の副本部長を務めました。制度の改革を望む思いから、この度、岩波書店が発行している月刊誌「世界」(9月号)に、「民事裁判の整備を怠っている日本ーこれでは国民の権利は護れない」という記事を書きました。
日本は、民事裁判にあまり予算や人を投入せずにきました。その傾向は江戸時代からのようで、犯罪については拷問までして厳しく取り調べましたが、民事事件についてはできるだけ取り上げないようにしたようです。明治になって西洋の裁判制度を導入しましたが、未だ身についていないのではないかと思います。現在の財務省の予算編成でも、「司法・警察」という名称が付けられています。未だ司法は治安のイメージで捉えられ、民事裁判は陰が薄いようです。
国民が民事裁判をする際に、3つの問題が生じています。第1は、民事裁判の証人調べが減るなど、審理上の問題があります。1960年から2000年までの40年間に民事訴訟は2.5倍に増え、弁護士は2.8倍に増えましたが、裁判官は1.3倍にしか増やしませんでした。そこで、今でも裁判官は一人約150件の手持ち事件があり、毎月30件ないし40件の新しい裁判が廻ってきます。溜めないように事件を終わらせようとすると、時間や手間のかかる証人調べを切り詰めることになります。当事者や証人の調べは40年前の4分の1に減りました。時間も制限されます。高裁は証人調べどころか1回での結審が8割にまで増えました。弁護士の間では、裁判の質が劣化しているという声が出ています。
第2は、国民が裁判をしても、裁判官の認める賠償金が少なかったり、相手の財産がわからないと強制執行ができないなど、裁判の効果が弱いという問題があります。制度を整備して、「やってよかった裁判」にする必要があります。
第3は、国民が裁判をするときに必要になる裁判費用の制度がきわめて不十分なことです。外国では、経済的な理由で裁判ができないようなことがないように国が裁判費用を出す法律扶助制度や、弁護士費用保険を整備しています。日本は、これらの制度の整備が西洋より30年ほど遅れています。
私は、記事では、5つの施策が必要であると書きました。
1つは、「裁判官を増員して、十分な審理が行えるようにする必要がある」。
2つは、裁判官の選任は欧米の「法曹一元制度」にして、40歳以上の法律家から選ぶのがよい。
3つは、「証拠収集制度」を整備し、「十分な証人調べ」を行い、「審理を充実させる」必要がある。
4つは、「賠償制度」を是正し、また、「執行制度」を整備し、「裁判をしたことによる実効性を高める」必要がある。
5つは、国民が司法の利用で一番気にしている「裁判費用の制度」を早急に整備する必要がある。
裁判を経験した当事者に対する調査がこれまで3回行われました。裁判制度についての満足度は大変低いものでした。日本の民事裁判は、費用の点も含め、外国と比較して、あるいは日本の歴史だけを見ても、ずいぶん遅れています。その事実を多くの人に知ってもらうことで改革が進めばと思い、この記事を書きました。(弁護士 松森 彬)