西天満総合法律事務所NISITENMA SŌGŌ LAW OFFICE

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イギリスの刑事裁判(独立性がある裁判官と検察官)

最近、イギリスの弁護士が刑事裁判で活躍するドラマを見ています。BBCが2012年以降に3シリーズにわたって制作した「シルク 王立弁護士マーサ・コステロ」というドラマで、毎回、大変面白い内容です。一話完結で内容が濃く、誰でも楽しめますが、私は若い法律家や法律家を志す人には是非見てほしいと思います。日本の民事裁判や刑事裁判が書面主義になっている現状と比較して、裁判のあり方を考えさせられるからです。私は以前にCS放送があったときに何本か見ましたが、今は、有料動画サービスで全18本をいつでも見ることができます。なお、番組の名前にあるシルクは王立弁護士が法廷で着用する服が絹であることを意味しています。王立弁護士は、勅撰弁護士ともいいます。法廷弁護士(バリスタ)は、ジュニア・バリスタとクィーンズ・カウンセル(勅撰弁護士)に分けられ、勅撰弁護士はジュニア・バリスタのなかから選ばれた優れた弁護士で、難しい事件の法廷活動を扱います。

イギリスの裁判制度は陪審制度で、法廷で証人調べを行い、陪審員の判断を仰ぎますので、裁判自体が生々しくドラマティックですが、私は、このドラマで検察官制度について初めて知ったことがあります。日本では、検察官は検察庁に所属する公務員で、若いときに検察庁に入り、ずっと役所務めですが、イギリスの検察官は、弁護士のなかから事件ごとに任命されます。それは、イギリスは誰でも訴追できるという私人訴追制度が取られてきたことに由来するそうで、警察が訴追を決め、法廷での活動を検察官役をする弁護士に依頼します。(そこで、以前は検察庁という役所も無かったのですが、1985年に検察庁が設けられ、検察官の事務を担当しているそうです)。一つの法律事務所の弁護士が、同じ事件の弁護人と検察官(訴追役)をすることもあります。ドラマでは、そのようなケースも何件か取り上げられていました。その場合、事務所では事件の話しはしないとのルールがあるようですが、その程度のルールで公正が確保されているのは、ひとえに法律家というのは、それぞれの立場を公正にこなせるという大きな信頼がされているからだと思います。イギリスの制度を受け継いでいるアメリカも同じですが、「法曹一元」制度といいまして、弁護士(法律実務家)が裁判官や検察官の仕事も受け持つわけです。私は、これまで弁護士から選ばれた検察官はずっと検察官をしていると思っていましたので、その都度、弁護士が務めるということを知って驚きました。

イギリスの裁判官、検察官、弁護士を簡単にご説明します。弁護士は、2種類あり、法廷弁護士(バリスタ)が約1万人、事務弁護士(ソリスタ)が約7万5000人です。法廷弁護士は、法廷での仕事が主で、当事者から直接には依頼を受けることはできず、事務弁護士から仕事を受けます。

日本では司法試験に合格して研修が終われば、すぐに裁判官をさせていますが、イギリスでは40歳以上の弁護士でないと裁判官になれません。ご自身も裁判の証人になった経験があり、小説「法服の王国」を書かれた作家の黒木亮氏は、ある程度社会経験をさせたうえで選ぶイギリスの裁判官制度が良いと言うご意見です。第一審を担当する裁判官は約3400人(1999年)で、そのうち6割は非常勤裁判官です(司法制度改革のときの資料である「諸外国の司法制度概要」参照)。

また、イギリスの検察官は、前述したように、弁護士のなかから事件ごとに頼まれます。約2100人が検察庁から委任されているそうです。日本の検察官は、検察庁に勤務する公務員であり、ときの政権の意向が影響したり、逆に政権の考えを忖度するおそれがありますが、イギリスの検察官は、裁判官と同様に、法律家としての独立性があり、日本でも検察官制度を見直す際の参考にすべきではないかと思います。

日本では、今年1月に政府の意向で東京高等検察庁の黒川検事長の定年が延長され、その後、特定の検察官だけ定年の延長ができるようにする検察庁法の改正が提案されました。世論の反対が大きく、春の国会での審議は見送りになりましたが、この問題が起きた背景には、わが国では法曹界、学界を含めて、検察官制度についての検討や議論がほとんどされてこなかったことがあると思います。先の司法改革のときも、検察官の制度改革については議論が低調でした。私は、日弁連が裁判官と検察官の倍増を求める意見書をまとめたときに座長として取り組みましたが、イギリスのような検察官の制度は知りませんでした。検察庁法は1947年(昭和22年)にできた古い法律ですが、検察庁法の解説書は、伊藤栄樹元検事総長の逐条解説とあと1冊があるくらいだったと思います。日本とは大きく異なるイギリスの検察官制度を知って、日本でも、改めて検察官制度について研究や議論がされる必要があると思いました。(弁護士 松森 彬)

(追記)(イギリスの法廷の書見台)
イギリスのドラマを見ていましたら、法廷の弁護人と検察官の机の上に幅約50センチ、高さ約20センチの木製の書見台が置いてありました。あれは日本の法廷にも置いてほしいと思いました。日本の法廷の机の高さは約70センチですので、立ちますと目から机に置いた記録までは約70センチあります。尋問をしたり弁論をするときに見にくいのです。それを考えてイギリスの法廷では書見台を置いているのですね。日本の裁判所が常備してくれるまでは、折りたたみ式の書見台を持参しようかと思います。(弁護士 松森 彬)