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「新たな訴訟手続とは何かー近代訴訟制度を崩壊させるおそれ」(「世界」2021年9月号)

(説明)

現在、法制審議会の部会で、民事裁判のIT化(インターネット等の利用)が審議されていますが、そのなかに「新たな訴訟手続」という特別な裁判手続の新設の提案が含まれています。

月刊誌「世界」(岩波書店)に時事問題を解説した「世界の潮」というコーナーがありますが、2021年9月号のそのコーナーに、「新たな訴訟手続」の提案と問題点を解説した記事を書きました。記事の掲載について出版社の承諾を頂きましたので、このブログに記事を掲載させていただきます。

「新たな訴訟手続」とは何かー近代訴訟制度を崩壊させるおそれ

                                                          松森 彬

現在、最高裁の提案する「当事者の権利を制限した簡易訴訟」が法制審議会で審議されている。裁判所と裁判官の負担軽減のために、審理を切り捨てて、人々の裁判を受ける権利を侵害してはならない。

■ 「新たな訴訟手続」とは

本年二月、法制審議会の民事訴訟法(IT化関係)部会(部会長山本和彦一橋大学教授)は、民事裁判のIT化に伴う民事訴訟法改正の中間試案を発表した。民事裁判のIT化とは、オンラインによる書面の提出や、裁判所が保管する記録の電子化などである。そのなかに「新たな訴訟手続」の提案が入っている。

最高裁が提案する「新たな訴訟手続」は、証拠は即時に取り調べることができるものだけで、審理期間(第一回期日から審理終結まで)は六か月に制限する。当初、特別な訴訟手続と呼ばれ、今は「新たな訴訟手続」の「甲案」と呼ばれている。主張を書く書面は三通までとしていたが、期間を制限しておけば目的を達するとして、その後、削除された。なお、本稿は七月下旬の執筆時点の案を基にしている。

「新たな訴訟手続」は、民事裁判のIT化と関係が無い制度である。最高裁は、法制審に先駆けて開かれた学者や実務家による「民事裁判手続等IT化研究会」(座長は山本和彦教授)が半年ほど議論を進めた後になって、突然、簡易迅速訴訟の新設を提案した。最高裁は、比較的異論がない裁判のIT利用のテーマに含めることで、議論を避けようとしたと考えられる。

■ 提案の理由、提案のねらい

最高裁は、裁判の件数が増えていないが(過去一〇年間はほぼ横ばい)、それは期間の予測可能性がないためではないかとして、期間を限定した制度を提案する。

しかし、わが国の裁判が増えていない理由は、弁護士費用保険の整備の遅れ、不充分な証拠収集制度、賠償金の少なさ、強制執行による権利の実現の困難さなどにあると指摘されている。裁判の時間でいえば、日本の裁判は先進国のなかで早い方である。世界銀行の調査では、契約の履行を求める訴訟の期間は、主要七カ国(G7)のうち日本は一位である。

審理期間を限定すれば期間の予測可能性は増すが、主張や証拠を制限すると、事実の解明は不充分になり、正当な権利の実現ができなくなる。そこで、外国は、このような訴訟制度を設けていない。

法制審の中間試案の補足説明は、現行の民事訴訟は社会の求めるスピードや効率性にそぐわなくなっていると言い、現行訴訟の迅速化について一言も触れない。現行訴訟は効率的でないとして見限り、民事事件は簡易な手続でよいとするようである。それでは、明治になって導入した近代訴訟制度を定着させないまま投げ出すことになる。

最高裁が簡易訴訟を提案する真のねらいは、裁判所と裁判官の負担の軽減であると考えられる。期日を三~四回に制限する簡易迅速訴訟を提案する山本教授は、裁判所と裁判官の負担軽減が提案理由の一つであるとしている(山本和彦「当事者主義的訴訟運営の在り方とその基盤整備について」民訴雑誌五五号、六一頁以下)。山本教授は、弁護士が増えるから訴訟事件も増えると見込み、簡易訴訟で多くの事件を処理するのがよいという。しかし、訴訟事件数は増えていないから、その理由で簡易訴訟を設ける必要はない。なお、山本教授は、当事者主導の裁判にすることも簡易訴訟の目的であるというが、当事者に何らの権限を与えずに当事者主導になると思えない。

最高裁は、裁判所と裁判官の負担軽減を明言していないが、少なくとも一つの目的であると考えられる。しかし、事実関係を解明して国民の権利と義務を判断するのが裁判所の責務である。裁判所と裁判官の負担軽減のために審理を切り詰めるのは、本末転倒と言うほかない。

■ 「裁判を受ける権利」を侵害する

近代訴訟制度は、国家が民事訴訟制度を設け、憲法で「裁判を受ける権利」を保障し(日本では憲法三二条)、裁判によって人々の権利の実現をはかるものである。国際人権規約(自由権規約)一四条も、公正な審理を受ける権利を認める。裁判を受ける権利には、当事者が主張と立証をする権利(法的審問請求権)が含まれる。当事者は事実関係を明らかにするために、主張のやりとり、証拠や証人の取り調べ、現場の検証、手元にない資料の取りよせ等をして審理を進める。そして、「裁判をするのに熟したときは、終局判決をする」(民事訴訟法二四三条)。この意味は、「必要な攻撃防御方法が尽くされたときに審理を終える」ということである。これが現行の民事訴訟である。

ところが、「新たな訴訟手続」では、六カ月が来たときに審理を打ち切る。「裁判をするのに熟したとき」に審理を終えるという原則は無視又は軽視され、空洞化する。松本博之大阪市大名誉教授ら訴訟法学者も、「新たな訴訟手続」は法的審問請求権に基づく裁判を受ける権利を制限する欠陥があり、制度化すべきでないという。

わが国では、迅速化のかけ声で、裁判官は人証調べを嫌がり、本人や証人の尋問をしない裁判が八五%ある。「新たな訴訟手続」ができると、訴訟の事実認定の使命はますます遠いものになる。

なお、最高裁は、「和解に代わる決定」の新設も提案している。裁判官は、いつでも決定を出して裁判を終わらせることができるという乱暴な制度である。現在の和解勧告と異なり、これは法的効力がある。理由を書く必要がなく、裁判官は多用するおそれがある。裁判官の負担は軽減するが、国民の裁判を受ける権利は侵害される。

■ 同意があれば認められるか

最高裁は、両当事者からこの手続きの同意(合意)を取っているから許されるという。しかし、訴訟法が民事訴訟について認める合意は、管轄合意、期日変更の合意、仲裁合意などに限られている。それは、民事訴訟は公権力の行使であり、裁判所として画一的処理をする必要性、裁判官の恣意的な運用の防止、当事者間の公平などが求められるからである。当事者の合意で審理方法を決めることはできないとするのが伝統的な理解であり、当事者の同意でこのような訴訟制度が許されるかについての議論はできていない。

また、この制度は判決に異議を申し立てると通常訴訟に移行し、審理が続けられる。しかし、審理するのは同じ裁判官であり、判断が覆る可能性は低いから、当事者はあきらめる。当事者の裁判を受ける権利を実質的に侵害する制度である。

■ 粗雑な審理で誤判が増える

即時に取り調べることができない証拠は調べられず、主張立証は期間内に終わるものに限られるから、審理と判断は粗雑になり(ラフジャスティスと呼ばれる)、誤判が増えるおそれがある。その判決の是正のためには、当事者は控訴をせざるを得ず、重い負担を背負う。

■ 必要性がない

簡単な事件は、今でも比較的短期間に和解または判決で終わっている。IT化研究会は、この手続は、①企業間の紛争で事前交渉が十分になされており、争点が明確で証拠も十分に収集されている事件、②交通損害賠償事件、③発信者に対する情報開示請求事件などに「なじむ」(必要という表現でない)としたが、これらの事件は、弁護士と裁判官が協議して、六カ月程度の審理期間で和解か判決で終えることが十分に可能である。③の事件は本年四月に迅速な開示制度ができた。

前述したように、今の民事訴訟は先進国の中で早い方である。簡易訴訟を提案する山本教授も、約一〇年前の論文で、「迅速化という目的は概ね達成されてきているものと評価することは許されよう」としている。簡易訴訟は、迅速化のためではなく、民事事件を簡単な手続で効率的に処理するためであり、それを認めてよいかが問題の核心である。

■ 乙案の問題

最高裁が提案する簡易訴訟(甲案)には、日本弁護士連合会(日弁連)や市民団体、労働団体の委員が反対や消極の意見を述べた。ただ、弁護士のなかに、修正した意見を言う人があり、それを参考に法務省は乙案とした。乙案は、主張立証や期間を定める審理計画(民事訴訟法一四七条の三)を作ることにして、その後の審理期間を六か月とする。しかし、審理計画は、作成に時間と労力がかかり、それに見合う効果がなく、ほぼ使われていない。問題がある手続を引っ張り出して、うまくいくはずがない。審理計画作成の期間が必要になるうえ、いつでも通常訴訟へ移行申立ができるので、期間の予測可能性の制度目的も失われている。

■ 裁判の充実・迅速化の方策

裁判の充実・迅速化は、日弁連の二〇年六月の意見書が指摘しているように、裁判官の増員と証拠収集制度の整備などによって進めるべきである。

弁護士の増員は進んでいるが、裁判官は、未だに人口比でドイツの一〇分の一、アメリカやフランスの四分の一である。忙しい裁判官は、人証の調べを減らすなどの審理の切り捨てで迅速化している(拙稿「民事裁判の整備を怠っている日本―これでは国民の権利は護れない-」〔「世界」二〇一五年九月号〕)。

証拠収集ができないことも裁判に時間がかかる原因である。私が担当している製造物責任の裁判でも、同種事故の資料の提出命令の申立について裁判所が判断するまでに一年もかかった。早期に事実がわかれば争点が絞り込め、早い裁判が可能になるが、それができない。

■ 反対が多いパブコメの結果

中間試案について行政手続法による意見公募手続(パブリック・コメント)が行われ、結果が六月に公表された。「新たな訴訟手続」を設けるべきでないとする丙案に賛成する意見が一番多かった。これで甲案や乙案を制度化してよいとは到底思えない。

■ 結び

法制審議会は今年一二月頃を目処に部会で答申案をまとめ、来年二月の総会で結論を出す。制度化するとなれば、来年の通常国会に提案される。

人々の権利と義務が不充分な手続で裁判されてよいか。憲法の「裁判を受ける権利」が脅かされている。約七〇〇人の弁護士は「新たな訴訟手続(旧・特別訴訟手続)等に反対する弁護士有志の会」というブログを設けて情報提供している。国民的な議論が求められる。

                                                  (まつもり・あきら 弁護士)