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民亊訴訟法の学会に参加しました

1 民亊訴訟法の学会

日本民亊訴訟法学会が5月20日と21日、沖縄国際大学で開催されました。この学会は、民事訴訟法の研究者が会員の大半で、民亊訴訟法に関心がある弁護士、裁判官も入っています。

沖縄の会場のほかにズームでの参加が可能で、私はズームで参加しました。シンポジウムと個別報告が行われ、シンポジウムのテーマは「民亊裁判IT化と手続法」の課題でした。また、個別報告では、「民亊訴訟における主張の裏付け義務」、「訴状・答弁書の記載事項」など4つの報告がありました。

2 民亊裁判におけるIT化

昨年、民亊裁判でIT化を進める民事訴訟法の改正が行われました。これまで裁判の書面や証拠書類は紙のものを提出していましたが、インターネットで提出することに変わります。また、裁判所は裁判記録を紙ではなく、コンピューターで管理することになります。紙資源の節約になるほか、時間や労力の点で効率化、省力化になるメリットがあります。他方で、画面越しで証人調べを適切にできるかという問題や、訴えや説得が難しくなるのではないかという問題もあります。現に、大阪弁護士会がアメリカのIT化の状況を視察した際、アメリカの弁護士も、勝ちたいと思えば裁判所に行って裁判官に会うべきだと言っていたようです。

シンポジウムでは、法律相談や書面作成、判断の補助作用にAIが使われることの問題も議論になりました。既に、刑事裁判では、何年の懲役刑にするかなどの量刑の分野において、従前の裁判例を蓄積した量刑データが参考資料として使われています。ただ、どの要素をどの程度考慮して作られているかが公開されていないことが指摘されました。判断過程に闇の部分があるわけで、AIを全面的に信頼してはならないことを示していると思います。今でも、交通事故の裁判では、双方当事者の過失の割合について多数の事故を基にした基準表が作られていますが、実際の事故にあてはめるときは、それぞれの要素をどのように評価するかによって結論は大きく変わってきます。実際の事件は千差万別であり、しかもそこには価値観や法的評価が入りますので、AIの利用は慎重でなければならないと思います。

裁判記録が紙から電子情報に変わることで、サイバー攻撃や、人物のなりすまし、データの改ざんなどの新しい不正がありえます。シンポジウムでは、画像における人間の目の視線を人工的に変えるソフトがアメリカにあることが報告され、驚きました。これが使われますと、証人が手元にメモを置いてそれに沿った証言をしていても、目がどこを見ているかを画像処理して、あたかもカメラを見て証言しているようにできるそうです。

3 民事訴訟法学への注文

最近の民亊訴訟法の学会で気になることがあります。それは、若い研究者の報告に見られることですが、根拠(エビデンス)が明らかでない意見や立法提案があることです。問題があると聞いているというだけで、十分な根拠がないままに当事者や訴訟代理人に制約や義務、懲罰を課す提案があったりします。しかし、法学も当然、根拠、理由(エビデンス)が必要です。なぜなら、国民の裁判を受ける権利の侵害になりかねないからです。昨年、審理期間を限定する訴訟が最高裁から提案されましたが、これも立法事実について十分の調査はされないままの提案でした。法学が学問として備えるべき土台を失ってきたのではないかと危惧します。

学問の対象が異なりますが、医学、医療では、その治療や薬について、成果・効果と副作用、弊害の実証的な研究が行われます。法律制度や訴訟制度も、立法事実の有無やその内容の検討が必要です。訴訟法学が地に足のついた成果を積み上げるためには、もっと具体的な事件を取り上げるのがよいと思います。

法科大学院ができ、そこでは裁判官や弁護士が実務家教員として仕事をされていますが、法学部では、訴訟実務の経験が全く無い研究者が多いようです。訴訟実務を経験することが望まれますが、少なくとも、訴訟の実際をよく知っていただく必要があります。大学には、裁判所・裁判官の意見が届きやすいようですが、当事者と代理人の弁護士の意見を聞くことが重要です。

医療は、「患者の権利」が自覚され、その実現を目指すことによって、ずいぶん良くなったと思います。病院や医師は、かつては怖いところ、威張っているというイメージがありましたが、患者に優しく、丁寧で、親切になったと思います。訴訟制度は誰のためのものか、訴訟法学は誰のための学問であるかが大事であると思います。

近代国家では、国民・当事者には「裁判を受ける権利(裁判請求権)」が憲法で保障され、それに基づいて、裁判には「審理を求める権利(法的審問請求権)」があることが認められています。しかし、日本では司法制度の整備が遅れており、最近は十分な審理がされなくなっています。すなわち、日本は裁判官が少なく、一人の裁判官の手持ち事件が多く、そのため、現場検証や人証調べは減り、判決を書かなくて済む和解で終わらせようとする裁判官が増え、高裁では人証調べが行われる事件は1パーセント、1回の期日で結審する例が8割近くになりました。

訴訟法学は、日本の訴訟制度の浅い歴史、外国の近代訴訟制度との比較、現在の訴訟の実情と問題を踏まえて、国民・当事者の「裁判を受ける権利」を実現するために何が必要であるかを調査・研究する学問であってほしいと思います。(弁護士 松森 彬)