西天満総合法律事務所NISITENMA SŌGŌ LAW OFFICE

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「訴訟当事者の権利」について論説を書きました

  「法律時報」の2024年5月号(通巻1202号、同年5月1日発行)に、私が書きました「訴訟当事者の権利―丁寧で親切な訴訟を実現するために―」という論説が掲載されました。法律時報は、日本評論社が発行している月刊誌で、もっとも歴史がある法律雑誌の一つです。

 この論説は、訴訟の当事者が訴訟において持っている基本的な権利をまとめて指摘し、国と裁判官、弁護士ら訴訟関係者はそれを尊重しなければならないことを書いています。訴訟制度は紀元前のローマ法以来、人類が築いてきた歴史がある制度です。大陸法と英米法で違いがあるものの、近代訴訟として共通した理念と制度が内在的にあります。

 私は、人々が訴訟の当事者(原告や被告、控訴人や被控訴人等)になったときに持つことになる基本的な権利を次の15の権利にまとめました。①憲法が保障する裁判を求める権利、②訴訟制度の目的(どのような訴訟を求めることができるか)、③丁寧で親切な訴訟を求める権利、④改善・改革を求める権利、⑤費用に関する情報を求める権利、⑥法律扶助についての権利,⑦弁護士による民事弁護を求める権利、⑧手続に関する情報の提供と説明を受ける権利、⑨当事者の意思の尊重、⑩公正、適正、充実、迅速な審理を求める権利、⑪法的審問請求権、⑫証拠を集める権利、⑬証拠の調べを求める権利、⑭討論、協議を求める権利、⑮判決を求める権利。

 訴訟当事者の権利は、これまでは弁論権や証明権などのように個別に論じられることが多く、全体をまとめて確認することはあまりありませんでした。私は、次の理由から訴訟当事者の権利を全体として確認しておく必要があると考えました。
 日本の今の民事訴訟は、当事者が証拠や証人の調べを申請しても、裁判官が認めないことがしばしばあります。裁判官の間では、事実についての審理はできるだけ避けて、早く和解で終わらせようとする傾向が強まっています。多くの人は訴訟において納得を求めています。十分に審理が尽くされたのであれば言い分が通らなくても仕方がないと思う人は多いのですが、裁判官が話を聞かない、十分な調べをしないとなると当然、不満は高まります。当事者の納得のいく審理をすることが裁判官や弁護士には求められます。
   事実審理を避けようとする最近の傾向は、構造的、組織的で、法律さえ軽視するという強引なものもあり、当事者、弁護士には裁判官の職権行使を停める術がありません。たとえば、高裁における控訴審は、民事訴訟法は1審の審理を継続する続審制を採っているのですが、高裁の裁判官の間で1審の判決の是非を検討する事後審的運用でよいとされ、今では約8割の事件が1回の期日だけで結審しています。地裁でも、証人を申請しても裁判官が採用しないことがあります。しかし、アメリカでもドイツでも、もっと証拠を取り寄せたり、証人を調べたりしてしていて、日本よりも、事実を解明することができます。
 日本で審理が十分にされない問題の背景には、外国に比べて裁判官が少なく、裁判官一人あたりの手持事件が多いという問題があります。また、どの国もお金がない人も裁判ができるように法律扶助という制度を設けて、弁護士費用などを給付していますが、G7(先進7か国)のなかで日本だけは貸付制で、返還が必要です。そのために経済的に余裕がない人は提訴をためらってしまいます。裁判所に支払う提訴の手数料が高いこともあり、日本の民事訴訟は利用がしにくいと言われています。 

 日本の裁判官、弁護士、研究者は、日本の民事訴訟は諸外国の近代訴訟とはかなり異なっていることを認識し、世界のなかで井の中の蛙にならないようにする必要があります。このままでは日本の民事訴訟は近代訴訟とはかけ離れた前近代的なものになっていくおそれがあります。

 長く裁判官をしていた西口 元弁護士も、ドイツでは裁判所と当事者の間で活発な口頭での弁論が行われているのに対し、日本では3分間弁論と揶揄され、形骸化していることなどを指摘して、国際的に通用しないものになっているという意味でガラパゴス化しているのではないかと危惧するとしています(西口元「民事訴訟改革と証拠収集:日本の民事訴訟実務のガラパゴス化」広島法科大学院論集11号〔広島大学法学会、2015年〕)。

 裁判の手数料が高かったり、審理が十分にされなかったりすることにより不利益を受けるのは、当事者、すなわち国民・市民です。日本の民事訴訟も制度と運用の面で当事者が訴訟において持っている基本的な権利をきちんと保障する必要があります。 

 医療の分野では、患者の権利が50年程前から世界的に論じられるようになり、今では、病院、医師ら医療従事者は、患者の権利を認めています。従前の医療は、専門家が判断するものであって素人の患者はそれに従えばよいという考え方に立っていました。しかし、患者の権利を医療界が認めることで、医療は患者の意思を尊重したものになり、ずいぶん患者に優しく、親切なものに変わったと思います。訴訟と医療はその性質も内容も異なりますが、訴訟においても訴訟制度の目的と訴訟当事者の権利を裁判官と弁護士が認め、これを尊重することになれば、当事者が大事にされる民事訴訟を実現するために役立つと思います。

 法律時報の編集部は、あとがきで、「松森彬『訴訟当事者の権利』は、医療界のように、当事者が大事にされる民事訴訟の実現に向けた考察をします。(もう一つの論説とともに)いずれも憲法上の権利保護に向けて検討が急務となる重要な論説であると考えます。ぜひご覧ください。」と書いています。法律家向けの少し専門的な論説ですが、ご関心がございましたらお読みいただけると幸甚です。法律時報の5月号(定価2090円)は、大手書店あるいはインターネットでどなたでも購入していただくことができます。(弁護士 松森 彬)