西天満総合法律事務所NISITENMA SŌGŌ LAW OFFICE

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契約書作成の注意点ー裁判所の管轄の合意はしないのがよい

1 見逃しがちな「裁判所の合意管轄」の条項

 弁護士は、会社から契約書を見てほしいと相談を受けることがよくあります。最近、助言をすることが多いのは、裁判所の管轄に関する条項です。相手方から提示された契約書の案に、「係争になったときの裁判所を合意しておく条項」が入っていることが増えています。取引の内容などは事前に検討をされているのですが、裁判所の管轄については、ほとんどの担当者がその問題点に気づいておられません。

2 裁判所の管轄はどう決まるか(特に決めておかなくてよい)

 係争になったときにどこの裁判所に提訴するかについて、民事訴訟法は次のように定めています。細かい基準が他にもありますが、主なものをご紹介します。
(1)裁判の相手方の住所(会社の場合は主たる事務所の所在地)の裁判所(法4条)どのような係争でも、裁判の相手方の住所地の裁判所に訴えることが可能です。これは訴えられる側の都合を考えたルールです。
(2)それ以外の基準
ア 財産権上の訴えは、義務履行地の裁判所に提訴できます(法5条1項)
たとえば、相手方が金銭債務の支払いをしないときは、多くの場合、持参債務ですので、請求する側の会社の住所地の裁判所に提訴できます。
イ 不動産に関する訴えのときは、不動産の所在地の裁判所に提訴できます(法5条12項)

ウ 不法行為があって損害賠償を求めるときは不法行為があったところの裁判所に提訴できます(法5条9項)
(3)上記の基準に優劣はなく、いずれかの基準に該当する裁判所に提訴することができます。たとえば、不動産に関する係争の場合に、不動産の所在地の裁判所にしか提訴できないということではなく、それが財産権上の訴えであれば、義務履行地の裁判所に提訴することもできます。

(4)合意する必要は原則として無い
民事訴訟法は、公平と便宜の観点で管轄を定めていますので、通常は、民事訴訟法のルールによることでよいと思われます。特段の事情があればともかく、そうでなければ、それと異なる管轄を合意する必要はないと思います。 

3 管轄の合意をするとどうなるか

(1)民事訴訟法は、裁判所を事前に決めておくこと(合意管轄といいます)も認めています(法11条)。
大会社に多いのですが、自社の本店があるところの裁判所にするという契約書案を提示することがしばしばあります。また、東京に本店がある会社の場合は、東京地方裁判所で裁判をするという原案を示すことが多いようです。

(2)他の裁判所では裁判ができなくなるので、合意はしない方がよい
契約書で裁判所の管轄について合意しますと、後日、係争になったときに、それ以外の裁判所で裁判をすることはできません。したがって、取引の相手方の住所地の裁判所と合意していれば、相手方が契約違反をしたような場合でも、相手方の住所地の裁判所で裁判をする必要があります。

会社は、顧問弁護士やふだん相談している弁護士に訴訟を依頼することが多いと思いますが、その弁護士や会社担当者が遠方の裁判所に出向くことになり手間や費用が増えます。それだけでなく、証人が遠方の裁判所に行ってもらえるか、あるいは現場検証が必要な場合に遠方の裁判所が来てくれるかなどの問題が出てきて、裁判全体の有利・不利に影響します。訴訟手続もかなりオンラインが使われるようになっていますが、裁判は、直接主義、口頭主義といいまして、対面でのやりとりが重要です。民事裁判のIT化の調査に行った日本の弁護士に対し、アメリカの弁護士は、勝とうと思ったら裁判官に会う必要があると説明したようです。

(3)「被告の本店所在地の裁判所」という合意も危険
神戸の会社が、所有している建物を東京に本社がある会社に賃貸することになって賃貸借契約書を交わす際、借主の会社から、「被告の本店所在地を管轄する地方裁判所を専属的合意管轄裁判所とする」という案が示されたことがあります。

この表現は抽象的で、一見したところでは、不平等、不合理な条項のように見えませんが、注意が必要です。すなわち、このように決めますと、東京の借主が賃料を滞納したり、契約の解除後に建物の明渡しをしなかったりした場合でも、神戸の貸主が裁判を起こすときは、被告の本店所在地の裁判所、すなわち東京の裁判所に訴えなければならないことになります。合意をしていなければ、民事訴訟法が定めている「義務履行地の裁判所」という基準及び「不動産所在地」という基準により地元神戸の裁判所で裁判ができますが、それができなくなります。他方、借主の方から裁判を起こすことは一般的にいってそれほど多くありませんので、東京の借主は上記のような合意でも不利益を受けることはあまりないと思われます。

民事訴訟法は、合意がある場合でも、救済措置として、「訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要がある」と認められるときは、他の管轄裁判所に移送することができると定めていますが(法17条)、そのことを貸主が主張立証することができなければ移送は認められません(松森彬「管轄」1頁〔「論点新民事訴訟法」所収、判例タイムズ社、1998年〕)。 

4 結論(裁判所の管轄の合意はしないのがよい)

このように、裁判所の管轄についての合意は双方当事者のいずれかに一方的に不公平な取り決めになりかねません。前項の⑵の条項のように、専門家でないとわからない不利益が生じる場合もあります。特段の事情がない限り、裁判所の合意管轄の条項は入れないことがよいように思います。

どうしても、契約書の条項に入れておくという場合は、弁護士等の専門家の意見を聞くか、あるいは、「裁判所の管轄は、民事訴訟法の定めによる。」とするのがよいと思います。(弁護士 松森 彬)