日本では、弁護士のほとんどは一生弁護士の仕事をしていますが、司法改革により、弁護士から裁判官になる人が少しですが出てきています。また、裁判官を定年で辞めたあと弁護士の仕事をしている人がたくさんおられます。
私は、弁護士と裁判官の両方を経験している人をかなり知っています。それは私の若いときの友人や知人が多数裁判官になり、その人たちが定年後、弁護士をされていることや、私が弁護士から裁判官になる人の選考委員(近畿弁護士会連合会の弁護士任官適格者選考委員)をしていたことがあるからです。
両方の仕事を経験した人は、どんな感想を持っているでしょうか。弁護士と裁判官は、どんなやりがいがあり、また、苦労があるのでしょうか。
弁護士の仕事冥利は、紛争や問題を抱えて困っておられる人の助けができることだと思います。解決すると、お礼を言ってもらえて、それまでの疲れは飛びます。これらに加えて、私は、弁護士の仕事には、その問題をどう解決するか、権利をどう実現するかについて解決策や理屈を企画・提案できる面白さがあると思っています。
裁判官のやりがいはどうでしょうか。弁護士がいくらよいことを言っても、裁判官の判断が裁判所としての最終判断ですから、その重要さ、効力の大きさは絶大です。ただ、裁判官は、直接、当事者からお礼や感想を聞くことはありません。以前、裁判官に、どんなときに仕事のやりがいを感じるのかと聞きますと、複数の裁判官が「その事件の筋が見えたときだ」と言っておられました。その問題をどう理解してどう結論を出すかが分かったときだということでしょうか。なるほど、そんなものかと思いました。
どちらの仕事が大変でしょうか。裁判官を辞めて弁護士をしている人が、「弁護士の仕事は依頼者に気を遣うので、大変だ。裁判官は良心と法律に従って判断するだけで、どちらを勝たせてもストレスになることは、まず無い。そうでないと公正な判断ができないともいえる。しかし、弁護士の代理人としての仕事はそうはいかない。依頼者があるので大変だ」と言っていました。
ちなみに、私は検察官を定年で辞めたあと弁護士になった人と話しをしたこともあります。「検察官は若いときは忙しいが、年をいくと管理職になり、少し楽になる。弁護士は年をいっても忙しく、よく仕事をしていて大変だなと思う」と言っていました。もちろん、いちがいには言えることではありませんが、これらを聞くと弁護士の仕事はなかなか大変なのだなと思います。
弁護士から裁判官になった人からも、弁護士のときは大変だったという話を聞きました。「裁判官は決まった時間に仕事をする。自宅に仕事を持って帰るとかストレスを引きずることもないが、弁護士のときは、仕事が混むと、夜も遅くまで、場合によっては休日も潰して仕事をした。弁護士時代は大変だったなと思う」ということでした。また、「弁護士は事務所経営でお金の心配をすることもあったが、裁判官はそういうこともない」とも言っていました。
以上のように言いますと、裁判官の仕事の方が楽に聞こえますが、裁判官も苦労はあると思います。日本では、転勤制度があり、人事評価があります。いくら丁寧に審理をしたいと思っても事件を溜めると評価が下がるようです。転勤や昇級において差がつくこともあると聞きます。また、仕事の性質は受け身です。自分から調査をしたり、証拠を集めたりはできません。また、かつては裁判官は赤提灯には行きにくいとも言われました。不必要と思われる自制ですが、弁護士に比べると自由感は無いと思います。
裁判官と弁護士は、ともに裁判の仕事をする職業ですが、役割と仕事の内容はかなり異なります。上記は一部の方の意見ですが、司法が国民のものであるためには、いろいろな意見を知っていただくのがよいかと思います。弁護士と裁判官の両方を経験した人の意見を基に、弁護士と裁判官のやりがいと苦労の一端をご紹介しました。(弁護士 松森 彬)