1 地方裁判所の民事裁判は、多くが裁判官1人で審理しますが(単独事件)、事件の規模や係争額が大きな事件、あるいは複雑な事件は、裁判官3人の合議体で審理します(合議事件)。「三人寄れば文殊の知恵」と言いますが、裁判官も3人の方が事実認定も法的判断も間違いのない結論が出せると考えられます。合議事件にするか、単独事件にするかは、裁判所が提訴の段階で決めていますが、審理の途中で、裁判官の判断で、あるいは当事者からの希望で、合議体の審理に変更されることもあります。
2 問題は、今の合議体の審理には構造的に誤判になる危険があることです。
私は、これまで、何回か、地裁の合議事件の判決で事実の誤認や法的判断がおかしいと思った件を経験しましたが、それは、任官まもない裁判官が主任になったケースでした。東京と京都の知り合いの弁護士に、私の意見を話したところ、同様の経験をしたとのことであり、地裁の合議事件は気をつける必要があると言っていました。本来なら3人の裁判官によって説得力のある裁判ができるはずの合議事件で、なぜ勘違いや間違った認定があるかについて、私は、3つの問題が原因になっているように思います。
第1は、裁判官(判事補)になってすぐ、あるいは1、2年の人が主任裁判官として判決書きの原案を書くなど判断の中心に関わっていることです。なりたての左陪席裁判官も、研修の意味あいだと思いますが、主任裁判官にして、資料整理、判例検索、合議メモの作成等だけでなく、判決の第1稿を書かせています。なりたての判事補は、ほとんどの人が、学校を出て、1年間の司法修習をしただけですから、年齢は20歳台と若く、社会経験はほとんどなく、裁判官の仕事に必要な事実認定の仕方や経験則の理解もほとんどできていません。
裁判官は、英米法の国では、「法曹一元制度」と言いまして、ベテランの弁護士から選ばれます。イギリスでは、40歳以上と決まっているようです。私は、日本でも裁判官は40歳以上とするのがよいと思います。また、ドイツなどの大陸法の国では、若いときから裁判官として養成しますが、若いときは一人では裁判ができません。日本も、裁判所法ができたときは、10年間は判事補として一人では裁判ができないようにしたのですが、裁判官の人数が少なかったので、すぐに制度を変更して、5年経てば、特例判事補として一人で裁判ができるようにしました。そして、合議事件の場合は、裁判長ともう一人の裁判官がいるので、成り立ての人も一人前の裁判官として扱っても大丈夫だろうという発想で、一人前に扱っています。しかし、もう一人の裁判官(右陪席裁判官と言われます)は、自身の手持ちの単独事件だけで忙しく、合議事件の審理にはほとんど関与していません。実質的には、裁判長となりたての左陪席裁判官(判事補)だけで、判断し、判決を書くことになります。裁判長がチェックすることで大丈夫だろうという考えによると思われます。しかし、裁判長も、自身の単独事件も持っていますから忙しく、なかには特例判事補の誤った認定や判断を見抜くことができず、あるいは引きずられることがあります。私は、少なくとも5年以内の未特例判事補(法律上、一人で裁判ができない)は、判例の調査や証拠の整理などの下調べに制限し、原稿とはいえ判決を書かせることは止めさせるべきであると思います。研修はどの分野でも必要ですが、医療や裁判は、人の命や権利、財産に直接関わることですので、関わり方には自ずと制限を設けておく必要があります。
第2は、右陪席裁判官が実質的に合議事件の審理に関与していない問題です。このことは、ほとんどの国民が知らされていないことです。弁護士などでも知らない人もあると思われます。私も若いときは知りませんでした。右陪席裁判官も審理に参画して、合議事件の審理を充実させる必要があります。
第3は、裁判長の負担と異動の問題です。裁判長(部総括裁判官)は、自身の単独事件と合議事件の両方を担当しており、ベテランであるとはいえ仕事量が多く、負担が重いと言われています。かつて東京地方裁判所の裁判長をしていた裁判官から聞いた話ですが、病気になるかと思うくらいに忙しかったそうです。また、部総括裁判官の場合、異動(転勤)が急に行われることがあります。わが国の裁判官は数年ごとに異動がありますが、大阪弁護士会が2012年に行った会員に対する民事裁判についてのアンケート調査では、一般に、裁判官の異動により審理に影響が出る問題を指摘する声が多数ありました。そして、部総括裁判官の場合は、定期的な異動のほかに、所長等への急な転身や、病気や公証人就任などで途中退官する裁判長の後任に異動することがあり、急なことがあります。部総括の異動が結審直後であったりすると、評議や十分な検討の支障となり、勘違いなどの誤判の原因になる危険性があります。
3 地裁の民事合議事件は、裁判制度の重要部分を支えている部分です。最高裁は、近時、民事合議事件のあり方に問題があると感じているようで、裁判所内部で議論をしているようですが、裁判所だけでは、肝心の当事者、代理人の意見、感想がわからず、問題の把握が十分にできないと思われます。また、予算などの制約もあり、きちんとした政策が立案できないおそれがあります。私は、裁判所、弁護士会、学界で、地裁の合議事件の実情と問題の所在を明らかにして、どうあるべきかを、構造的な視点から調査検討し、必要な施策を講じる必要があると思います。(2019年9月16日執筆)(弁護士 松森 彬)
(追記)
大阪弁護士会は大阪地方裁判所と民事裁判について懇談会を開いており、2020年1月の懇談会では、「合議事件」について意見交換が行われました。大阪弁護士会の月刊誌2020年8月号に意見交換の要旨が出ています。それによりますと、今も合議事件の主任裁判官は、一番若い左陪席裁判官がするのが通常であるとのことです。裁判官から、合議事件の審理の充実をはかるため期日ごとに右陪席も入って議論するようにしているとの報告もありますが、実際の期日には右陪席が出席していないことが多く、これでは右陪席がどれだけ関わっているのかが当事者にわかりません。また、なりたての判事補が判決案を書くという一番の問題点について、改善などの議論はされていません。(2020年9月加筆)(弁護士 松森 彬)
(追記)
難しい事件は合議体で審理することは望ましいことですので、2001年の司法制度改革審議会のとき、民事事件の事件のうち少なくとも10%程度は合議事件として審理したいというのが最高裁の意見でした。当時(2000年)の合議事件の割合は4.3%でした。しかし、17年が経過した2017年の割合は4.8%で、ほとんど増えていません。増えない理由について、最高裁の担当者は、2018年3月30日の国会(衆議院法務委員会)での説明で、単独事件を担当している裁判長と右陪席裁判官が忙しいことが主な理由であるとしています。その国会では、アメリカの裁判官は人口比で日本の4倍、イギリスの裁判官は日本の2倍の数であることも説明されています。やはり裁判官の大幅増員が必要です。(2020年12月23日加筆)(弁護士 松森 彬)
(追記)
私が、この記事を書いたのは、2019年9月で、それまでに地裁の合議事件で事実認定や法的判断に問題があると思う判決をいくつか受けていたからでした。
その一つは、当方の当事者が製造物責任法に基づく損害賠償を請求していた事件で、2019年3月に出た地裁の判決は結論にかかわる重要な事実を誤認しました。控訴審で、相手方も、地裁判決の認定が誤認であることを認めました。地裁判決は証拠資料(製品の取扱説明書の説明)を読みまちがったのですが、判決が行った認定は相手方のメーカーも主張していなかったことで、経験十分な裁判官であれば通常はしない勘違いだと思います。ユーザー向けの取扱説明書ですから、よく読めばわかることですし、もし、疑問が解消しなければ弁論を再開して双方当事者に尋ねればすぐに分かることでした。地裁で5年間かけて審理をしたのは一体何であったのかという不満が当然、当事者から出ました。当方は高裁に控訴し、高裁は何度も期日を重ねて全体について審理をしなおし、地裁の判決を取り消し、当方の損害賠償請求を認めました。地裁の判決は、このケアレスミスの誤認をした点ともう一つの事実認定を理由にして、原告(当方)の請求を認めなかったのですが、もう一つの点も控訴審で地裁の事実認定は認められないとして否定されました。高裁は判決までに2年かかりました。相手方は上告受理申立をしましたが、1年後の2022年4月に最高裁は上告不受理決定を出し、高裁判決が確定し、ようやく当方当事者は損害賠償を受けることができました。この記事を書いたとき、当該事件はまだ控訴審で審理中でしたが、その後、高裁判決と最高裁判決が出まして、地裁合議事件で判決の勝敗にかかわる重大な事実誤認があった一例としてどなたにも理解していただける事案になりましたので、この記事に追加して書いておきます。
地裁が判決で事実を誤認した原因はわかりませんが、多くの場合そうであるように、本件も判決の原稿は経験が少ない未特例判事補が主任として起案した可能性があります。本件の判事補はこの裁判には途中から参加し、判決時でも経験年数はまだ2年数か月でした。また、後でわかったのですが本件の裁判長の部総括判事は結審した直後に異動になっており、そのことも関係しているかもしれません。
裁判はこのような誤判や誤認があるので三審制にしてあるともいえますが、慎重な判断をすることにした合議体事件の方が意外と危ないというのは、多くの人が予想していない事態であり、その分、深刻です。本件で地裁が誤判をすることなく、当方の請求を認める判断をしていれば、控訴は相手方が裁判所に手数料を支払って行うことになりますし、控訴審の審理はもっと早くに終わって、早くに賠償金を得ることができた可能性があります。地裁も高裁も敗訴判決であれば、相手方は上告をしなかった可能性もあります。裁判所や裁判官が思う以上に、地裁の誤判・誤認によって国民・当事者が受ける費用、時間、手間などの被害は大きいのです。
ちなみに、高裁の判決文には高裁裁判官による事実認定が書かれているだけで、地裁の判決が事実誤認をしたとの指摘や記述はありません。そこで、判決集などで判決文を読んだだけでは、地裁がケアレスミスの誤認をしたことは分かりません。裁判官同士でかばっているとまでは言いませんが、国民からすれば、裁判所としての立場での一言がほしいところです。訴訟制度の改善改革のためにも、せめて高裁は地裁の誤認であったことの指摘はしておくべきではないかと思います。
地裁の民事合議事件の実情と問題を書いたこの記事は、2019年に書いたものですが、ブログの閲覧件数を見ますと、今も、たくさんの人がこの記事を読んでいただいているようです。民事合議事件について国民・当事者に不安や問題が生じているのではないかと気になります。
裁判官、弁護士など訴訟関係者は、民事合議事件の今のこのような実態と問題を踏まえて、なりたてで経験のない判事補に判決の起案をさせている今の運用は改めるとともに、英米のように裁判官は40歳以上の経験と信頼のある弁護士から選任する裁判官制度に変えて行く必要があると思います。(2024年7月23日加筆 弁護士松森 彬)