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裁判官制度は「法曹一元制度」にする時期に来ている

1 弁護士任官のシンポジウム

6月3日、日弁連(弁護士任官等推進センター)の主催する「弁護士任官20周年シンポジウム『弁護士任官20年、これまでの成果と課題、今後の克服策』~踊り場からの飛躍を目指して~」があり、ズームで参加しました。

弁護士任官とは、弁護士が裁判官に任官する制度です。裁判官は多様な法律家が選ばれるべきであるとして、2004年に始まりました。間もなく20年になりますが、任官者は年間数人と少なく、2022年はゼロであり、行き詰っています。 

2 裁判官の選任の方法

(1)2種類の裁判官制度

大きく分けて2種類の制度があります。

アメリカやイギリスでは、裁判官はすべて弁護士経験者から選ばれます。法曹一元制度と呼ばれます。

ドイツやフランス、日本(ドイツの制度を明治期に導入しました)などでは、若いときから裁判官になる制度です。キャリア・システムあるいはキャリア裁判官制度と呼ばれます。韓国は、かつては日本と同じキャリア裁判官制度でしたが、2013年に法曹一元制度の導入を決め、始めています。

 (2)日本での法曹一元の議論と弁護士任官の制度

日本でも、法曹一元制度にすべきとの意見が戦前からあり、1938年に衆議院で可決されましたが、貴族院で否決されて実現しませんでした。1964年の臨時司法制度調査会の意見書でも、望ましい制度とされましたが、弁護士が少ないことなどが指摘され、時期尚早との意見になりました。2001年の司法制度改革審議会の意見書は、裁判官の多様性を確保する必要性を認め、2004年に今の弁護士任官制度ができました。その際、日弁連は、弁護士任官制度で任官者を増やすことができれば、法曹一元制度に近づくことができるという考え方をとりました。しかし、関係者の懸命の努力にもかかわらず、20年経っても任官者は極めて少ない状態が続いています。裁判官の多様性を増やすという弁護士任官制度の目的を達成できる見通しはなく、ましてや法曹一元に近づけるという日弁連の目的からは遠ざかっています。

 3 弁護士任官制度は目的を達成する見込みがない

(1)任官者数が極めて少ない

任官を希望する弁護士が少ないうえ、応募しても4割しか任官が認められていません。その結果、制度が始まった2004年以降2023年までの20年間の弁護士任官者の合計は70人です。平均すると年間3.5人と少数ですが、さらに減少する傾向にあり、最近の6年間をみると、2018年2人、2019年1人、2020年4人、2021年3人、2022年はゼロ、2023年1人です。今の制度の前は1992年から弁護士が個人的に最高裁に申し入れて採用されていました。1992年から2003年までの12年間の任官者は59人で、年間平均4.9人でした。今の制度になってからの年間平均は3.5人ですから、それよりも減っています。

(2)意義や問題点について討議

シンポジウムでは、任官経験者のアンケート結果や、外国の調査結果の報告があり、任官者、学者、元裁判官、マスコミ論説委員らによるパネルディスカッションが行われました。

この間、日弁連の関係委員や任官経験者が任官を推進するために広報や意見交換など地道な努力を重ねてこられたこと、弁護士から任官した人が弁護士経験を活かして活躍されていることはまちがいが無いことであり、それはこのシンポジウムでも確認されたと思います。

 (3)目的を達成する見込みがないことが明らかになった

しかし、この20年間が示す結果は、今の制度をこのまま続けても大きく変わる見込みがないことを示していると思います。日弁連は年間30人あるいは50人という任官者を出すことも予想しましたが、その見込みが無いどころか、マスコミの論説委員からは、弁護士任官はやめになるのではないかと思ったという発言があり、委員長からも、本気度が問われていると思っているとの意見がありました。

私も、かつて弁護士任官の取り組みに参加しました。近畿弁護士会連合会で弁護士任官のガイドブックを作る作業に参加し、任官者を選考する委員会の委員長をさせていただきました。関係者の努力を知っているだけに任官者がほとんど出ない現状は残念ですが、今の弁護士任官制度では弁護士任官者を多数出すことはできず、裁判官の多様性を実現するという制度目的を達成する見込みはないと言わざるを得ません。今後、少々の制度の改善をしても、目的を達することができないことも明らかであると思います。したがって、今後は、今の制度を推進するというのではなく、新しい裁判官制度にする必要があると思います。

 (4)今の制度の総括

なぜ今の弁護士任官の制度では任官者が出てこなかったかを確認しておくことが必要です。原因としては、裁判官の仕事のやりがいが認識されていないこと、裁判官には転勤があること、慣れていない仕事に不安があること、裁判所は堅苦しいあるいは差別があるかもしれないなどの不安、弁護士の仕事への愛着などいろいろ考えられますが、私は、一番にあげるべき原因は、裁判所に、一定経験のある弁護士が裁判官という職業に変更することの大変さについて理解が無いことと、キャリア裁判官とは異なるタイプの人が入ってくることの意義、必要性についての理解が乏しいことにあると思います。裁判所は、キャリア裁判官制度の体質が変わらない程度に、異なった人がいてもよいという程度の考えではなかったでしょうか。

現に、パネリストの任官経験者から、任官の申込をしたあとも人生をかけてよいかを考え、不安であり、悩んだという話がありました。任官希望者はそういう状況ですが、裁判所は、面接のとき、2か月先からの赴任を求めたようです。2か月で依頼者や顧問先に話をして引き継ぐのは弁護士にとって至難のことです。

また、任官に応募した人の約4割しか採用されていません。採用されない原因は応募者側にあることもありますが、私は、一番の原因は、裁判所にキャリア裁判官と異なるタイプの裁判官が必要であるという考えが希薄で、キャリア裁判官のシステムは変えたくないという考えが強いことにあると思います。

4 どのような裁判官制度にするか

(1)どのような裁判官制度がよいか(どういう人を裁判官に選ぶか)

「なぜ法曹一元制度がよいのか」、「なぜ今のキャリア裁判官制度ではよくないのか」、言い換えると、「どういう人が裁判官になるのがよいのか」という点について、国民とともに共通の確認をすることが必要です。

私は、裁判官の仕事をするためには弁護士の経験が必須だと思います。イギリスでは、裁判官は40才以上の弁護士経験者でないとなれません。イタリアはキャリア裁判官制度の国ですが、カラマンドレーイ教授は、英米の法曹一元制度の方が良いと思うと言っています(「訴訟と民主主義」)。小説「法服の王国」を書いた作家の黒木亮氏は、イギリスに住み、日本の裁判で証人に出たこともある人ですが、京都弁護士会での講演で、イギリスのように40才以上の法律家が裁判官になるのがよいとの意見を述べています。

今回のシンポジウムでも指摘されていましたが、裁判官が訴訟のときに知る情報量は、弁護士が知っている情報量のごく一部です。また、裁判官は当事者の思いや感情に接することがほとんどありません。これらのことは、当事者の代理人や弁護人をしないと容易に理解できません。先日も、主張が対立している事件で、相手方が不利なことについて求釈明に応えていないのに、裁判長は当方が弾劾証拠として持っている資料の早期提出を求めるということがありました。真相の解明には双方の主張立証の信用性が重要ですが、キャリア裁判官は訴訟代理人の経験が無いので、往々にして当事者の主張立証の上記のような点に無関心、無頓着であるように思います。

(2)なぜキャリア裁判官制度ではよくないか

キャリア裁判官制度では、訴訟代理人・弁護人としての経験が無いこと、学校を出て研修の後すぐに裁判官になっている人ばかりで多様性が無いことなどの特徴があります。それらに加えて、国(裁判所)が昇給や転勤、部総括判事への昇進などで裁判官を管理することができ、裁判官としての独立が脅かされる問題があります。

裁判の仕事でも、組織人としての行動が求められがちです。たとえば、日本では高裁の裁判(控訴審)は訴訟法では続審(一審の審理を続ける)とされていますが、最近は、事後審的運用といいまして、一審(地裁)の判決の当否を審査するという運用になり、1回の期日で結審する裁判が8割を占めるに至っています。知人の裁判官は、高裁の裁判官になったとき、周りがそのようなやり方をしているので、自身もそのようにしたと言っていました。大阪地裁では労働審判の1回目の期日に調停案を出すという運用をしています。ある裁判官は大阪に来て、せっかちだと思ったが、部でそういうやり方なので自分もそうしているという説明でした。裁判官は独立している法律家であり、裁判所はふつうの役所ではなく、裁判官はいわゆる役人ではありません。しかし、キャリア制では組織人としての裁判官になりがちです。

最近は、大手民間企業では中途採用者を増やしています。それは、いろいろな理由がありますが、企業としては、異なった経験や見方を求めているようです。その場合、シンポジウムでも報告されましたが、中途採用者が3割以上いないと組織は変わらないという意見でした。会議でも、1割や2割では声をあげづらいが、3割になると発言しやすいとのことでした。その企業は女性管理職も3割をめざしているようです。翻って、裁判所において、現在、弁護士出身裁判官が裁判官全体に占める割合は、わずか2.1%です。これでは組織を変えることは難しいと思われます(2020年10月1日の裁判所における弁護士出身者は65名、簡裁判事を除く裁判官総数は3075人です。なお、2016年の弁護士出身裁判官は116人、簡裁判事を除く裁判官総数は3008人で、弁護士出身裁判官の割合は3.9%でしたから、4年でさらに減りました)。

 (3)なぜ弁護士任官の制度ではよくないか

弁護士任官制度は20年経っても所期の目的を達成する見通しがありません。キャリア制度のままで弁護士任官者を漸増する方法では、裁判所は弁護士が任官できる条件を整えようとしないことが明らかになりました。誰しも異質なものを大きく受け入れることには抵抗があります。法曹一元を始めた韓国でも、高裁の裁判官らの中には、異なる体質の弁護士出身の裁判官に対して、判決が個性的であるとか、徒弟制で教える必要があるなどの冷たい見方があると聞きます。

オランダ、ベルギーは、キャリア裁判官制度ですが、日弁連の調査によりますと、弁護士からの採用も進めていて、両方の裁判官が混在するミックスシステムという制度になっているようです。日本でも、一定割合の採用を義務付けるクォーター制度のような制度を取り入れて、一定割合までの弁護士任官者の採用を義務にすることも考えられますが、この20年間を見ますと、キャリア裁判官制度のままでは、国に抽象的な義務を課しても、結局は、弁護士・弁護士会から多数の適任者の申出が無いなどとして、これまでと同様に弁護士出身裁判官の増員は進まず、裁判所におけるキャリア裁判官制度の体質や弊害も変わらないと思われます。

やはり、多数のキャリア裁判官のなかに少数の弁護士経験者が任官するという制度ではなく、裁判官は弁護士経験者から選任するという制度にする必要があります。そうしないと、この20年間にうまくいかなかった問題は根本的には解決しないと考えられます。

5 法曹一元制度の導入を

法曹一元は、日弁連が長く採用を提唱してきた制度で、法律家、国民から望ましい制度と考えられており、戦前の衆議院で可決されたこともあります。弁護士任官20年の結果を踏まえて、今こそ、法曹一元制度の裁判官制度が求められていると思われます。

法曹一元制度の文献はたくさんありますが、外国の状況や日本での議論の概要を書いたものとして、司法制度改革審議会のときの資料「法曹一元について(参考説明)」(平成12年4月25日配布資料)があります。審議会事務局が作成した資料であり、少し古い資料ですが、ネットで検索して鹿児島大学の保存資料として見ることができます。

法曹一元制度の基盤は整ってきています。日本でこれまで法曹一元が採用されなかった理由の一つに、供給源となる弁護士が少なかったことがあります。弁護士は司法制度改革審議会意見書が作られた2001年は1万8243人でしたが、司法試験合格者の増員により、2022年現在の弁護士人数は4万2937人に増えており、2.3倍になっています。そして、法曹一元制度の発祥の国であるイギリスでも、弁護士がそれほど多いわけではありません。裁判官は約3400人(常勤裁判官が約1200人、非常勤裁判官が約2200人)ですが、その主たる給源となる法廷弁護士(バリスタ)は約9700人です(なお、近年は約7万5000人いる事務弁護士〔ソリスタ〕も裁判官になることができます。いずれも1999年当時。司法制度改革審議会の資料「諸外国の司法制度概要」)。

弁護士任官制度では、任官者の個人的努力による一定の改革はあるとしても、裁判官制度を良くするという制度目的を達成することは難しいことが明らかになりました。日本の裁判制度は「法曹一元制度」を採用する時期に来ていると思います。(2023年6月11日 弁護士 松森 彬)