先月(4月1日)のことになりますが、国際司法裁判所(ハーグ)が日本の南極海での調査捕鯨について判決を出したという報道がありました。
国際司法裁判所のことを昨年11月24日のブログ記事に書きました。弁護士にもなじみのないところですが、今回、わが国にとって大きな影響のある決定をしました。なお、日本が国際司法裁判所の当事者になったのは、実質的には今回が初めてのようです(「自由と正義」2013年12月号)。
国際捕鯨取締条約は、1982年にできた条約で、商業捕鯨は一旦停止し、例外的に科学的調査のための捕鯨だけを認めました。日本は、調査捕鯨の制度を使って南極海と北西太平洋で年間合計500頭から1000頭くらいの調査捕鯨を行い、食用に売却してきました。オーストラリアは、2010年、日本の調査捕鯨は実質的には商業捕鯨であるとして、調査捕鯨の中止を命じるよう求めて提訴しました。
国際司法裁判所は、日本の南極海での調査捕鯨は科学的調査の目的とはいえないとして、南極海での調査捕鯨を許可しないように命じました。裁判は1審制です。日本政府は判決を受け入れることを表明し、南極での調査捕鯨は中止されることになりました。
鯨が食べられたのは、1962年(昭和37年)がピークで、私も小学校の給食で鯨肉を食べた記憶があります。現在は、ピーク時の2%まで減っていて、食べたことがない若い人も多いと思います。また、南極の調査捕鯨は全体の2割で、今後も太平洋での調査捕鯨と輸入は続くようですので、食べる機会が直ちになくなるわけではないようです。
新聞報道を読む限り、調査と言いながら捕獲枠が多いこと(全体で1000頭を超える)や、実態は商業捕鯨になっていることから、敗訴の判決も予想できたことではないかと思いました。ただ、新聞(朝日新聞4月3日)によりますと、日本政府は相当自信を持っていたようです。徹底的に法律論にこだわり、著名な国際法学者や外国の弁護士、科学者などに依頼し、高額の報酬を支払ったと書かれています。判決の結果は、欧米など反捕鯨国出身の裁判官が多いので、そういう背景も影響したと思われますが、かなり難しい論点があるのに、なぜ楽観論になったのかという疑問は持ちます。調査捕鯨の捕獲頭数の上限は書いていないから大丈夫だろうと楽観していたと書かれていますが、全体を見ない法律論の危うさがあったのかもしれないと思いました。
鯨料理もあるわが国の文化や歴史からすると、鯨が食べにくくなることには、いろいろな意見があると思います。ただ、調査捕鯨という例外的な制度で打開するには限界があるように思います。食用の捕鯨自体をどうするかという基本的なところで、国際的に冷静で科学的な議論が要ることではないかと思いました。(弁護士 松森 彬)