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福島原発事故について東電元会長らに13兆円の損害賠償が命じられました(東京地裁判決)

2022年7月13日、東京地裁(朝倉佳秀裁判長ら3人の合議体)は、東電の福島原発の事故について株主らが旧経営陣に損害賠償を求めていた裁判で、元会長ら4人の旧経営陣に13兆円の損害賠償を命じる判決を出しました。裁判所は、旧経営陣は、事故を防ぐための津波対策を先送りした責任があると判断しました。

この訴訟は、会社が取締役らの責任を追及しないときに株主が会社に代わって責任を追及する「株主代表訴訟」と呼ばれる訴訟です。賠償金は原告の株主には支払われず、会社に支払われます。株主が株主と会社の利益を守るために認められている制度ですが、役員個人の責任を問うことで会社の不正を防止するねらいもあります。

この裁判は、法的にも社会的にも大きな意味を持つ裁判であると思います。今日の新聞に判決要旨が載っていましたので、それを読んで要点を紹介します。ここでは、新聞報道と判決要旨から分かる範囲で、この判決では、どのような事実認定がされ、裁判所が法的にどう判断したかをご紹介することにします。

まず、事実関係ですが、東日本大震災が発生したのは2011年3月で、最大15.5メートルの津波が襲い、東京電力の福島第一原子力発電所は全部の電源が喪失して水素爆発を起こし、周辺環境に大量の放射能が拡散する大事故(過酷事故と呼ばれます)になりました。

裁判の主な争点は、他の原発事故関連の裁判でも同じようですが、①巨大津波を予見できたか(予見可能性)と、②対策を取れば事故は防げたか(結果回避可能性)の2点でした。

東京地裁の判決は、①の点については、国の機関である地震調査研究推進本部が2002年に「三陸沖から房総沖のどこでもマグニチュード8.2前後の津波地震が30年以内に20%程度の確率で起きる可能性がある」とする地震予測の長期評価を発表しており、この評価は相応の科学的信頼性がある知見であり、取締役らは、その知見に基づく津波対策を講じる義務があったと判断しました。また、東電の子会社は、2008年に長期評価に基づき最大15.7メートルの津波予測をし、東電に報告したようです。しかし、東電の役員らは、長期評価の見解は信頼できないとし、最低限の津波対策の指示もしませんでした。判決は、これは原子力事業を営む会社の取締役が会社に対して負っている善管注意義務(善良なる管理者としての注意義務)に違反し、任務の懈怠になると判断しました。

判決は、②の点については、津波対策として建物や重要な機器室の浸水対策(水密化措置)をしていれば、津波による電源設備の浸水を防ぐことができた可能性があったと判断しました。仮に一部の電源設備が浸水するような事態が生じても、重大事態を避けられた可能性は十分にあったと認定しました。

東電の担当役員らは、長期評価は信用できないとし、別の専門家(土木学会)に検討を依頼し、その意見を聞いて対策を考えるつもりであったと説明したようです。しかし、東京地裁は、専門家からその後に役員の方針に否定的な意見が述べられたにもかかわらず方針を変更しなかったことなどからすると、役員らは当面は何らの対策も講じないという結論ありきのものであったことが明らかであると書いています。また、判決は、東電は、国の規制当局である原子力安全・保安院に対して、得ている情報を明らかにすることなく、いかにできるだけ現状維持できるか、そのために有識者の意見のうち都合のよい部分を無視したり、顕在化しないようにしたり腐心してきたことが浮き彫りになったとも認定しています。判決の旧経営陣の対応についての事実認定は、大変厳しい書きぶりになっていると思います。

そして、判決は、経営陣には原子力事業者の取締役として、安全意識や責任感が根本的に欠如していたと言わざるを得ないとしています。他の電力会社も含めて、これまで電力会社は原発推進一色で、原発の危険やマイナスの問題が取り上げられないという批判が長年にわたってありますが、東京地裁の判決は、日本の原発と電力会社の実態を明らかにしたように思います。

福島原発事故で東電が最終的に負う損害額ですが、判決は、原発の廃炉の費用が1兆6000億円、被災者への損害賠償金が7兆円、除染・中間貯蔵対策費が4兆6000億円などで、合計13兆3000億円になると認定し、それについて任務を怠った取締役らには賠償義務があるとしました。なお、新聞の記事によりますと、津波対策費用は当時、数百億円と試算されていたようです。電力会社は津波対策費の支出を避けたかったのでしょうが、実際に大事故が発生し、比較にならない巨額の損害を多くの人や環境に与える結果になりました。

新聞は、13兆円は国内の民事裁判で出た過去最高の賠償額とみられると書いています。今後、判決が原告勝訴で確定したときは、東電が4人に賠償金を請求します。13兆円は元取締役らが現実に支払える額でありませんが、元取締役の過失でそれだけの損害が発生したと認められるときは、賠償額は元取締役の資力とは関係なく認定されます。そして、13兆円という巨額になるから全く賠償しなくてよいのではなく、元取締役は所有する財産はすべて賠償に充てる必要があり、自己破産の手続を迫られることになると思われます。実際に会社に入る額は原発事故の損害額のごく一部になりますが、この裁判により、原発事業者の経営トップとして責任があったこととその大きさを明らかにでき、かつ、元取締役に現実に賠償責任を履行させることができます。原告らは、そこにこの裁判の意義があると考えて提訴したと考えられ、この判決はそれを明らかにする結果になりました。(弁護士 松森 彬)