西天満総合法律事務所NISITENMA SŌGŌ LAW OFFICE

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「特別訴訟制度」の提案と問題点

1 弁護士が集まって特別訴訟の提案の内容と問題点を考えました

2020年2月5日に大阪弁護士会の司法改革検証・推進本部の主催で、「特別訴訟問題等を考えるシンポジウム」が開かれました。
最高裁は、昨年、民事裁判のIT利用を検討している「民事裁判手続等IT化研究会」の場で「特別な訴訟手続」(以下「特別訴訟」といいます)を新設してはどうかとの提案をしました。民間の研究会に提案がされただけであり、制度化されるかは未定ですが、民事裁判のあり方にかかわる大きな問題ですので、弁護士が集まって考えることにしました。

シンポジウムでは、前記本部が昨年12月にまとめた「特別訴訟と和解に代わる決定に反対する意見書」(本部の意見であり、まだ弁護士会意見として採択されたものではありません)の内容が報告され、私は、委員として、特別訴訟の提案の内容と問題点を説明しました。その後、日弁連の関連する委員会の議論が紹介され、民訴法学者の松本博之大阪市大名誉教授が「特別訴訟制度は国民の法的審問請求権(審理を求めることができる権利)を侵害するおそれがある」という内容の講演をされました。最後に質疑・議論がありました。以下の説明は、同本部の意見書を基にしていますが、私の個人的な意見も入っています。

2 特別訴訟の提案とは

最高裁がIT化研究会に提出した資料では、特別訴訟とは、「当事者の主張と証拠を限定し、期間を制限する訴訟」と説明されています。主張を書いた書面は原則3通までとされ、証拠は厳選するとされ、即時取り調べることができるものだけです。証拠とする資料を役所や会社に取り寄せることなどはできません。迅速な裁判をめざすとして、第1回期日から原則6か月以内に結審するとしています。しかし、6か月経ったときに裁判官がまだ判断ができないと考えたときは、裁判官は通常訴訟に移行できるとされていますので、主張や証拠を我慢した当事者としては肩すかしとなり、不満を持つ人も出てくると思います。裁判官も、内心では判断ができないと思っても、能力が無いと評価されるのをおそれて、無理に勝敗の結論を出してしまう危険もあると思います。

提案では、特別訴訟の判決に対して、当事者は異議を述べることができ、異議があれば結審前の状態に戻り、通常訴訟の手続になるとされています。しかし、その後も同じ裁判官が審理をしますので、当事者には、異議を言って、もっと不利な判断にならないかとの不安があります。一旦判決を出した裁判官がどこまで追加した審理をするか、前の判断にこだわることはないかという危惧もあります。特別訴訟は、双方が同意(あるいは共同申立)をしたときだけで、双方に訴訟代理人がいるときだけできるとされています。

3 特別訴訟の問題点

(1) 裁判に求められるもの
国民が裁判に求めているのは、「充実した迅速な裁判」であって、早ければ粗雑でよいということではないはずです。裁判利用者に対する調査でも、当事者の満足度を大きく左右するものは、公正な審理と裁判官の姿勢や態度であることがわかっています。
そこで、司法改革のときに、裁判の迅速化のために「裁判迅速化法」を設けたのですが、その1条に、裁判は「公正かつ適正で充実した手続の下で迅速に」行われることを定めています。特別訴訟は、主張と証拠を制限しますので、適正、充実とは到底いえません。
特別訴訟は、裁判官にとっては省力化になります。裁判所も、裁判官を増やさずに事件を片付けることができます。しかし、国民・当事者にとっては、いわば裁判所から「丁寧な裁判は時間がかかります。この裁判は早いので粗雑でも我慢してください」と言われて、本来の裁判がそんなに遅いのなら仕方なく選ぶというものであり、押しつけられる制度ではないかと思います。
なお、日本の裁判の平均的な審理期間は約9か月で、外国と比べて早い方です。

(2) 国民の「裁判を受ける権利」を侵害するおそれ(訴訟法の諸原則を逸脱している)
憲法32条は、国民には「裁判を受ける権利」があることを定めています。裁判は、国が公権力を使って国民の権利義務を強行的に確定するものですから、裁判を受ける権利には、十分な審理を受ける権利も含まれていると解されます。
民事訴訟法も、裁判官が結審して判決を出すことができるのは、当事者が攻撃防御方法を尽くし、審理が尽くされ、「訴訟が裁判をするのに熟したとき」であると定めています(法243条)。実際の民事裁判でも、当事者双方が主張と証拠を出し合って、主張と立証を尽くし、それに基づいて裁判官が事実を認定し、法的な判断をするものとして運用されています。当事者には、裁判所に対して主張を述べ、立証する権利・権限があります。ところが、特別訴訟は、当事者の主張と証拠を提出する権利を制限して、期間がくれば結審して判決を出すというもので、これらの訴訟法の諸原則を逸脱しています。
特別訴訟は、特別な訴訟手続という名称を付けていますが、提案のとき非訟手続として制度化することも検討されており、実質は非訟手続的です。国民の権利や義務は非訟手続では裁判できないというのが最高裁決定(昭和35年7月6日大法廷)です。学者も、「迅速な処理を追うあまり、争訟的な事件を非訟手続で処理することは、憲法32条が定める国民の裁判を受ける権利を侵害することになるおそれがある」としています(三ヶ月章「民事訴訟法」25頁)。
特別訴訟の提案は、近代法の考え方を無視した制度であり、これまで、このような制度についてのまとまった研究や、学者の論文、外国の実例報告などはありません。

(3)ラフジャスティス、誤判のおそれ
審理を尽くさないのですから、当然、荒っぽい判断となり、誤判のおそれが増します。この問題を検討してきた日弁連のIT化ワーキンググループは、特別訴訟はラフジャスティスとなるから賛成できないという意見です。
今でも地裁や家裁の判決は、そのうちの2割から2割5分程度が高裁で取り消されたり、変更されたりしています。裁判官も普通の人間ですから、誠実に丁寧に裁判をしても事実の誤認や法的判断のまちがいがあります。粗雑な審理は裁判においては厳に戒められるべきものだと言えます。

(4)必要性がありません
最高裁判所は、提案に際し、この制度が必要であるという具体的な場合を何も説明していません。
IT化研究会は、2019年12月に出した報告書で、特別訴訟が「なじむ」場合として3つほど挙げています。言い換えると、必要な場合は特に無く、ほとんどの事例には、なじまないと考えているようです。
第1の例とされているのは、企業間の争いで事前に交渉があり、証拠も十分あり、争点が明確な事件です。しかし、証拠もあり、争点が明確であるのであれば、今の訴訟でも双方代理人が裁判所に説明をして比較的短期の審理で終わらせることができます。
第2の例とされているのは交通事故の損害賠償事件です。これも、争点が過失割合の判断だけであるようなときは、今でも6か月程度で和解又は判決で解決しています。逆に、後遺障害の程度などが争いになっているような事件では、主張や証拠の制限をした手続ではもともと無理です。
第3の例とされているのは、発信者情報開示請求事件(インターネットで誹謗中傷をした発信者の情報開示を請求する訴訟)ですが、今でも数回の期日で終わっています。いずれも特別な訴訟手続は必要ありません。
そもそも、研究会に提出された資料に、現行法で計画的な審理と計画審理(法147条の2、3)ができるので特別訴訟を設ける必要は無いことを暗に認める記述があります(提案資料9-2の4頁注2)。

(5) 少額訴訟、手形・小切手訴訟、労働審判など
最高裁は、少額訴訟、手形・小切手訴訟、労働審判などの特別の訴訟手続があるので、民事一般の特別手続もあり得るのではないかとしていますが、これらは、それぞれ特別の問題に関する手続で、どこの国でもその問題に即した特別な手続が設けられているものです。これらの特別な訴訟手続を十分な検討もなく一般化するというのは発想として乱暴です。

(6) 同意又は共同申立を要件としても制度として不適切
審理を求めることができる権利は、国民が持っている憲法上の権利であり、裁判官には審理をしなければならない義務があり、それは同意があっても奪えない権利であると考えられます。
一般に、裁判は、相手方があることですから、訴訟の前には予想できないことや、わからないことがあり、流動的なところがあり、見通しは難しいものです。今回の提案でも、6か月経っても裁判官が判断できない場合があることを認めています。しかも、特別訴訟では裁判官の職権が大きく、当事者・代理人は、その事件でどのような審理が実際に行われるのか、予測は容易でありません。
そもそも、国民は、充実した審理は時間がかかるという説明を聞いて、しぶしぶ特別訴訟を選んだだけであり、積極的に希望したものでありません。当初の同意を理由に、当事者の主張や証拠を制限するという発想は、国民に親切であるべき裁判所の考えることではないと思います。

特別訴訟は「早い裁判をしてほしいのであれば、主張と証拠を我慢せよ」という考え方の制度です。当事者が同意しているのであるから、少々粗雑でもよいのではないかという意見があります。しかし、裁判を医療に置き換えて考えてみたらどうでしょうか。病気の治療は病状を見ながらも問診や種々の検査など一定の時間がかかります。もし、「早い治療をしてほしいのなら、聴取や検査は少なくなります」と言って、同意した患者については、病状も十分に聞かず、検査も少ししかせずに、治療を早く終えて、それで医療として正しい姿勢でしょうか。患者の同意を取ったから問題ないでしょうか。それで患者の病気は適切に直るでしょうか。また、私は、特別訴訟の発想は、裁判官を神主に見立てて、裁判(判決)を神主のご託宣として、有り難く聞くようにという考え方のように思います。裁判官は、もちろん神様ではなく、十分な審理がないと法律と良心に従った事実認定と法的判断はできません。裁判を神主のご託宣のような制度にしてはならないと思います。

(7) 通常訴訟のさらなる形骸化のおそれ
最近の地裁の民事裁判は、人証調べや検証が減り、裁判官は迅速ばかりを求めるという当事者、代理人の不満があります。高裁の控訴審も1回だけの期日で結審するケースが約8割にまで増え、中には、それで逆転した判決が出る例もあります。そこで、近畿弁護士会連合会は、2018年8月「民事控訴審の審理に関する意見書」を全国の高裁に送り、十分なコミュニケーションと必要な証拠調べの実施などを要請しました。大阪弁護士会では、弁護士に対するアンケート調査をしましたが、地裁、高裁ともに審理が十分でないことがあるという声が出ています(「自由と正義」2013年8月号所収論文等)。特別訴訟ができますと、これでも訴訟であり、このような審理で判決も出してよいということになりますので、通常訴訟でも似たようなことが増えるのではないかとの懸念があります。

4 わが国の司法が目指すべきもの

まずは、当面の課題である民事裁判におけるIT(インターネット)利用の適切な制度設計と運用です。
そして、国民が裁判に求めているのは、迅速だけではなく、「迅速で充実した納得のいく裁判」です。そのことは裁判利用者調査が示しています。
裁判の迅速化あるいは利用しやすさを追求する方法は、第1は、外国に比べて少ない裁判官の大幅増員です。人口比で、ドイツには日本の11倍の裁判官が、また、アメリカやフランスには約4倍の裁判官がいます。裁判官の増員により、親切な裁判、そして当事者に我慢させるのではない正常な迅速化を図るべきです。
第2に、訴訟費用を援助する法律扶助の制度を貸付制から給付制にするとともに、ヨーロッパのように弁護士費用保険を整備すべきです。
第3に、証拠収集と強制執行制度を整備して、実効性のある、やってよかった民事裁判を実現する必要があります。
第4に、運用の改善が裁判官、弁護士ともに必要です。現在、期日と期日の間隔が、かつてより長くなっていますが、事案に応じて適切な進め方をするよう弁護士と裁判官双方の努力が求められていると思います。

5 意見

わが国の民事裁判制度は明治時代に外国から取り入れたもので、基盤の整備が遅れています。日弁連は、一貫して、裁判官の増員など、司法予算の増大と司法制度の整備を求めてきました(2003年10月の「裁判官及び検察官の倍増を求める意見書」等)。未だに法律扶助制度(経済的に余裕がない国民に裁判費用を支給する制度)で、先進国のなかでわが国だけが貸与制(お金が無い人からも裁判終了後に返還させています)を取っている現実などを見ますと、日本では今も裁判制度は借り物であって身に付いていないという思いがします。このような状況で、日本が、訴訟とは言いがたい奇妙な手続に走るのは後世に悔いを残すと思います。
民事裁判におけるITの利用に伴う民事訴訟法の改正の検討が今年の春から法制審議会で始まりますが、特別訴訟の提案はIT利用と関係がなく、根拠や必要性が乏しく、国民の裁判を受ける権利を侵害するおそれがありますので、この度の法改正の対象事項からは外すべきであると考えられます。(弁護士 松森 彬)