新聞記者が書いた「冤罪を追え」(志布志事件との1000日)(朝日新聞出版)を読みました。
志布志事件とは、警察が事件をでっちあげ、選挙で買収、被買収をしたとして鹿児島県志布志の13人が起訴された事件です。4年後の平成19年に全員が無罪判決を受けましたが、この間に人生が大きくくるったひとも大勢おられます。概略は知っていましたが、本を読むと、この事件のひどさがわかります。
勾留期間が異常に長いのです。一番長い県議会議員は395日で、次はその奥さんの273日間です。被告全員が自白を強要され、自白をしないと保釈が認められず、うそでも自白をすると、また保釈が認められないという「人質司法」が行われました。強要され、ウソの自白を6人がさせられます。
刑事は、両足首を持って「お父さんはそういう息子を育てた覚えはない」と書かれた紙を無理やり踏ませ、「親を踏みつける、血も涙もないやつだ」と言い、自白を迫りました。キリスト教弾圧の踏み絵に似ています。
新聞社が連載を始めると、警察は、情報源をつかもうと、記者に尾行までつけます。記者たちは、捕まらないように「交通違反をしない、立ち小便もしない」などと申し合わせて、権力と闘うことを誓います。
私たち法律家の仕事も、場合によっては、そういう覚悟が必要です。そのために弁護士には弁護士自治(懲戒権は国ではなく、弁護士会にあります)が認められています。警察のひどさと、記者魂を改めて感じた1冊でした。
(追記 2021年1月16日)
今日の新聞(朝日新聞夕刊)に、志布志事件でひどい取り調べを受けた人(浜野博さん)が2020年10月22日に82歳で亡くなられたと、当時、取材をした新聞記者が追悼記事を書いておられました。この人は逮捕されませんでしたが、夫婦で長時間の調べを受け、虚偽の自白をさせられました。何の罪もない仲間の名前を挙げたことを後悔され、自分を責められたようです。県警は、県議会で、供述を強要したことはないと答弁しましたので、我慢がならず、2006年に違法な取り調べの事実を訴えて妻ら7人と鹿児島県に損害賠償を求める民事訴訟を提訴したそうです。2016年8月に福岡高裁宮崎支部は、取り調べの違法を認め、原告全員への賠償を命じたと書かれています。この人は、警察には謝ってほしいと言い続けておられたそうです。志布志事件は、古い事件のように思っていましたが、今、生きている人が被害を受けた事件であることを知りました。(弁護士 松森 彬)