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秘密文書の公表と報道の自由(「ペンタゴン・ペーパーズ」事件の映画)

週末に「ペンタゴン・ペーパーズ(最高機密文書)」(原題はThe Post)(スピルバーグ監督)という実話を基にした映画を見てきました。

 

アメリカの新聞社(ニューヨーク・タイムズ)が、ベトナムの問題に関する政府の長年にわたる秘密文書を入手して、1971年(昭和45年)6月13日に新聞に連載を始めました。文書には政府が国民に何度も虚偽の報告をしてきたことや条約違反や暗殺など政府に不都合なことが記載されていました。当時、アメリカはベトナム戦争(1973年に撤退)を続けていて、文書は国民に大きな衝撃を与える内容でした。ニクソン大統領(後にウォーターゲート事件の責任を問われて辞任した)は、国の安全保障を脅かすとして激怒し、6月15日、地方裁判所に対し新聞社は機密保護法に違反しているとして記事の掲載を差し止める命令を申し立てます。地方裁判所は差し止め命令を出し、タイムズは連載ができなくなりました。

 

映画は、このあと同じ文書を入手した小さな新聞社(ワシントン・ポスト)が、記事を掲載するかについて経営者らと編集者らが議論をする場面を描きます。記事を掲載して違法とされると同社は予定していた株式公開ができなくなり、経営不安になるおそれもありましたが、6月18日、秘密文書を新聞に掲載します。政府は同紙に対しても差し止め命令を求めますが、裁判所は、今回は訴えを却下します。

 

裁判は最高裁判所に持ち込まれ、最高裁判所は審理を急ぎ、6月30日タイムズに出した下級審の差し止め命令を無効とする判決を出します。反対の意見もありましたが、多数意見は、憲法は報道の自由を保障していて、文書の公表は公益のためであり、報道機関が政府を監視することは報道の自由に基づく責務であるという趣旨であったようです。(日本の学者が書かれた論文があり、それによりますと、多数意見は、事前抑制の必要性について政府は立証責任を尽くせていないという簡単なものでしたが、裁判官の多くが個別意見を書いていまして、多数意見の主な理由は上記のように言うことができそうです)。なお、日本の憲法も「言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と規定(21条)を設けており、報道の自由は、ここに含まれていると解釈されています。

当時ワシントンポストの編集主幹であったベン氏は、「報道の自由を守るのは報道しかない」と言って文書公表に踏み切ったと言います。こういう決断を聞くと、報道に携わる記者やジャーナリストと呼ばれる人たちには、脈々と受け継がれているプロフェッションとしての使命感があるように思います。

三権分立の一つである司法に携わる法律家、弁護士も、ときには政府などの大きな権力と対峙してでも司法の場で国民の権利や自由を守る役割があります。弁護士法は、弁護士の使命として、国民の基本的人権の擁護と社会正義の実現を条文でもって規定しています。そして、弁護士が、政府などの外部の圧力を受けて国民の権利を守る仕事ができなくなることを避けるために、弁護士に対する懲戒権は役所ではなく弁護士会に認められています。

裁判官や弁護士らと異なり、ときに刑事罰のおそれも感じながら身体を張ることになる記者は大変です。外国でも日本でも、ジャーナリズムについて継続して議論が続けられ、実践されているようです。弁護士の使命やあり方についても、議論や実践が重ねられ、次の世代に引き継ぐことができればと思います。(弁護士 松森 彬)