「法服の王国 小説裁判官」という本を最近読みました。小説ですが、実際の数々の裁判が紹介され、誰がモデルであるかがわかる最高裁長官が登場したり、実名で弁護士が書かれているなど、フィクションとノンフィクションを合体した大変珍しい小説です。
裁判官を統制しようとする最高裁の司法官僚のタカ派ぶりや、人権を第一に判断しようとして差別される現場組の裁判官などが描かれています。裁判官や弁護士が書いた本や論文はたくさんありますが、司法界以外の人が司法の実態にメスを入れた作品は、あまり無いように思います。周防監督の映画「それでも僕はやっていない」も、日本の刑事裁判の問題を取り上げた貴重な作品ですが、この「法服と王国」は、日本の司法の実像と問題を描いたこれまでに例のない作品であると思いました。
黒木亮という作家が産経新聞に連載された小説で、昨年、産経新聞出版から単行本(上下2巻)として発行されました。黒木亮という方は、大学の法学部を卒業し、銀行に就職して国際金融などの仕事をされていたようですが、2000年に作家としてデビューされ、過大融資などをテーマにした小説を書いてこられた方のようです。現在は、ロンドンに住み、週刊朝日に「原発所長」という連載小説を執筆されています。原発の問題について司法が役割を果たしたかは、「法服の王国」でも大きなテーマになっています。日本では、原子力発電所をめぐる訴訟がいくつも起こされましたが、ごく一部を除いて、ことごとく国の主張を認める判決が言い渡されてきました。
この小説は、主人公の一人が裁判官になった1970年ころから始まり、最後は2011年の東日本大震災と福島原発の事故で終わります。私が司法修習生になったのが1970年ですが、この本の最初に紹介されている青年法律家協会に対する圧力や、修習生の罷免、裁判官の再任拒否など、いずれも、そのころ見聞きしたことです。私たちの期も、裁判官への任官拒否があり、混乱をおそれて修習の終了式は行われませんでした。当時は、政治、社会における価値観の対立なども激しく、今とは社会情勢が異なるといえますが、それにしても、改めて事実経過を読んで、酷いことが行われたと思います。
先日、弁護士の間で、この本がおもしろいと話題になりました。その場にいた若い弁護士数人も読んでいると言われたので、心強いなと思いました。裁判での専門的な証言など、少し読むのがしんどいところがありますが、そこを除いても、司法や裁判に関心がある方には是非お勧めしたい本です。(弁護士松森 彬)