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「新たな訴訟手続」の問題

今、法制審議会で審議されている「新たな訴訟手続」の法的問題についてまとめました。
なお、本稿では、2021年2月に発表された「中間試案」の案について論じています。本稿を執筆しました2021年7月1日現在、中間試案の変更案は報じられていません。(弁護士 松森 彬)

目 次

はじめに                     ‥‥ 1頁
第1 「新たな訴訟手続」とは           ‥‥ 2頁
第2 甲案の問題(甲案・乙案に共通する問題を含む)‥‥ 2頁
第3 乙案固有の問題               ‥‥11頁
第4 充実・迅速な訴訟を実現するために      ‥‥12頁
第5 結び                    ‥‥13頁

はじめに

現行の民事訴訟とは別に、期間や証拠を限定する「新たな訴訟手続」を設けるかどうかについて、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会(以下「法制審部会」という)で審議が行われている。
意見公募手続(パブリックコメント)の結果が2021年6月21日に公表された(文末脚注[1])。「新たな訴訟手続を設けない」(丙案)に賛成する意見が最も多かった。法制審部会は、訴訟のIT化の課題と一緒に2021年12月ころを目処に結論を出すという。
民事訴訟制度の骨格に関わる大きな問題であるが、もともと本格的な論文が無く、提案されてからも文献がほとんど無い[2]
本稿は、提案されている制度案について参考になる文献・資料を紹介し、その検討を踏まえて制度案の法的問題を指摘することを目的とする。

第1 「新たな訴訟手続」とは

法制審部会は2021年2月19日に「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案」を発表したが、そのなかに、甲案と乙案の「新たな訴訟手続」がある[3]。いずれも、審理期間(第1回期日〔甲案〕または審理計画作成〔乙案〕から結審まで)を6か月とする訴訟手続である。そのいずれか又は両方を新設してはどうかという提案である。
また、甲案と乙案の訴訟手続に対して「懸念」が指摘されているとして、これらの制度は設けないとする丙案が用意されている。

第2 甲案の問題(甲案・乙案に共通する問題を含む)

1 甲案の提案者、制度内容

最高裁は、法制審に先立って開かれた「民事裁判手続等IT化研究会」(以下「IT化研究会」という)が第2読会に入った後の2019年4月に、「特別な訴訟手続」の新設を提案した[4]

最高裁は、当初は、期日または期間を制限する手続とし、非訟手続とする案も考えられるとしていた[5]。その後、訴訟手続とする案に絞り、主張書面は3通まで、証拠は即時調べることができるものだけ、審理期間は第1回期日から結審までを6か月とした[6]。この案がその後、甲案となり、その際、主張書面の通数制限は削除された。

2 民事訴訟のIT化と関係はない

新たな訴訟手続は、民事訴訟のIT化と関係はない。民事訴訟のIT化とは、インターネットなどの情報技術を裁判の手続でも利用しようとするものであって、具体的には、裁判関係の書類をオンラインで提出するようにしたり、裁判所の記録を紙媒体から電子データにしたりすることが考えられている。その点を審議するために開かれる法制審議会である。

2020年2月に法務大臣から法制審に諮問されたが、諮問事項(第111号)は、「(略)の観点から、訴状等のオンライン提出、訴訟記録の電子化、情報通信技術を活用した口頭弁論期日の実現など民事訴訟制度の見直しを行う必要があると思われるので、その要綱を示されたい。」としている。訴状などのオンライン提出、訴訟記録の電子化などが例示され、特別な訴訟手続は例示に入っていない。IT化以外の検討ができないとまではいえないとする意見もあるが[7]、制度の目的は大きく異なる。訴訟のIT化だけでも大変な作業であり、検討や議論が不十分なままで性急に結論を出すようなことがあってはならない。

3 提案の理由・目的

(1) 提案理由と問題

最高裁は、裁判の期間の予測可能性がないから事件数が増えないと考えられるとして、期間限定の手続を提案するとしている[8]。中間試案の補足説明も同様である[9]

この提案理由については次の問題がある。

ア 第1に、外国では、このような訴訟は設けていないようである。労働審判ができたあと、弁護士会のなかでも非訟手続の民事審判が提案されたことがあるが、裁判を受ける権利などの問題が指摘され、それ以上検討されることはなかった。今回の提案は、訴訟手続としての提案であるが、期間や証拠を制限する問題がある。

なお、手形小切手事件、少額事件、労働事件等については、どの国も事件の特殊性から特別な手続を設けている。これらの手続があることは、新たな訴訟手続を設ける理由にはならない。

イ 第2に、期間を限定すれば期間の予測可能性はあるが、訴訟が備えるべき他の要件を損ねる可能性がある。裁判迅速化法第1条は、迅速だけを求めるのではなく「公正かつ適正で充実した手続の下で裁判が迅速に行われることが不可欠である」としている。立法過程での日弁連の取り組みによる成果である[10]

ウ 第3に、訴訟の利用が増えない理由は、日本では訴訟を利用しやすくする施策が採られていないからではないかという指摘がある[11]

エ 第4に、当事者が重視しているのは、審理の公正・充実などの評価と裁判官についての評価であり、期間や費用は、満足度や利用しやすさを判断する大きな要因でないとの調査結果が出ている[12]

オ 第5に、提案は通常訴訟の迅速化について触れない[13]。しかし、法務省が作成した法制審部会資料は、審理期間を限定する訴訟は、訴訟制度としての問題が内在することを認め、対象となる事件は、それほど複雑でなく、争点が多くない事件が相当であるとしている[14]。提案は、多くの民事事件の迅速化をはかるものではない。

カ 第6に、甲案も乙案も、異議や移行申立による通常訴訟での審理を認めざるを得ないが、結局、期間の予測可能性の目的と矛盾することになる。

(2) 簡易迅速訴訟を設ける目的

ア 期日や期間を限定する簡易迅速訴訟は、一般に、裁判所・裁判官の負担軽減になる。山本和彦教授(以下、敬称を略。山本という)(IT化研究会座長、法制審部会長である)は、期日回数を3~4回程度に制限した簡易迅速な制度の構想を提示しているが[15]、その目的の一つは裁判所と裁判官の負担軽減である[16]。そして、民事事件の相当部分を簡易迅速訴訟に吸収していこうという構想であるとしている[17]

また、山本は、非訟手続の新設も提案しており、そこでも「大部分の事件では訴訟手続に移行しないことを期待する制度といえる」とする[18]。山本は、非訟手続の提案で、「純然たる訴訟事件」でも、異議等があれば訴訟ができることにしておけば、判例を満足させ、かつ、実際には多くの事件が非訟手続で解決されることになれば、制度のメリットがあり、「極めて巧妙な立法テクニックと評価することが可能である」という[19]。非訟手続や簡易訴訟で大半の民事事件を処理しようとする発想である。

しかし、「巧妙な立法テクニック」まで駆使して、非訟手続や簡易訴訟で大半の民事事件を処理するのは何のためか。それは、司法の目指す方向として間違っているのではないか。日本は、明治23年(1890年)にドイツの近代訴訟制度を導入した。江戸時代は、犯罪については拷問までして厳しく取り調べたが、私人間の民事の問題は取り上げないようにしたという。わが国の民事訴訟制度は、未だに裁判官が少ない、あるいは経済的困窮者の裁判費用を援助する法律扶助の予算が少ないなど、100年以上経っても整備が遅れている。西欧の先進国に遅れて明治時代に導入した近代訴訟制度を、定着させないまま、投げ出してはならない。調べをせずにおごそかに裁判官が言い渡す「ご託宣」のような裁判にしてはならない。

山本は、裁判所と裁判官の負担軽減が簡易訴訟の一つの目的であるとするが、国民の裁判を受ける権利を侵害し、裁判所が負っている責務を放棄するものであって、本末転倒ではないかと考える。

簡易訴訟を設ける目的についてであるが、ある裁判官は、本人訴訟における裁判官の負担や対応を理由の一つにして期日回数を限定した簡易訴訟を提案している[20]。山本の提案にもあるように、簡易訴訟の提案は、裁判官の負担軽減のためであることが見落とされてはならない。

今回の最高裁の提案は、裁判所、裁判官の負担軽減には触れていないが、一つの目的であると思われる。

イ 人々は裁判所で民事訴訟により権利を主張し、判決をもらうことができ、これは憲法上の保障である。新たな訴訟手続は、民事事件は期間や証拠を限定した簡易な手続で処理されてよいとする考え方である。訴訟により人々の権利を保護・救済するという司法権の使命、役割が軽視されるおそれはないかが、この問題の核心的な論点である。

ウ 最高裁は、民事裁判のIT化と関係がない提案を、もう一つしている。それは「和解に代わる決定」の新設の提案である。裁判官は、いつでも和解に代わる決定という名前の決定を双方に出すことができるというものである。双方当事者が異議が無いときに限るとされているが、当事者は裁判官の提案を断ると心証を害することにならないかが気になるので、手続についてはなかなか断りにくい。また、この決定に対しては、異議を述べて訴訟手続に戻し、判決をもらうことができるが、決定の内容よりも不利になる可能性もあるので、決定に対して異議は言いにくい。他方、裁判官は、判決であれば理由を書く必要があるが、和解に代わる決定は理由を書く必要がないので、多用、乱用するおそれがある。「和解に代わる決定」の提案も、必要性が乏しく、国民の裁判を受ける権利を侵害するおそれのある制度である。日弁連、各地弁護士会は、こぞって反対している。

4 裁判を受ける権利

(1) 裁判を受ける権利と法的審問請求権

ア 法的審問請求権

ドイツの憲法に相当するドイツ基本法(103条1項)は、「裁判所の前では、何人も、法的聴聞を請求する権利を有する」と定めており、法的審問請求権と呼ばれる。わが国の憲法32条の「裁判を受ける権利」にも法的審問請求権が含まれていることについては、今日では、ほぼ異論を見ないといえる[21]。 

法的審問請求権とは、当事者は自己の見解を表明し、かつ聴取される機会が与えられることを要求する権利であり、裁判所は、原則として、当事者がそのような機会を持たなかった事実や証拠に基づいて裁判をすることはできないと解されている[22]

イ 新たな訴訟

甲案は、「即時に取り調べることができる証拠」しか調べない。資料の取り寄せなども6か月の期間内で終わることが要件となる[23]。当事者の弁論権や証明権が制限され、法的審問請求権を侵害するおそれがある[24]。松本博之大阪市立大学名誉教授は、新たな訴訟手続は、ずさんな裁判になるというだけでなく、法的審問請求権と裁判を受ける権利を侵害するおそれがあり、導入すべきでないとする意見であり、この意見を、法務省が行った意見公募手続(パブリックコメント)に提出したとのことである。また、国際人権規約の第14条は、公正な裁判を受ける権利を定める[25]。同条に抵触する問題もありうる。

甲案は、判決に異議を述べて通常訴訟の審理を求めることができるが、同じ裁判官であり、予断を完全には排除できない。当事者は異議を諦めることが予想され[26]、実質的に裁判を受ける権利の侵害になるおそれがある。また、乙案も、6か月の期間制限があるから、事実上、主張と証拠が制限されるおそれがある。

日本弁護士連合会(以下「日弁連」という)は、2021年3月18日の意見書(以下「日弁連意見書という」)において、甲案が証拠方法を制限する点で、「公正かつ適正な裁判を受ける権利を保障する憲法第32条に抵触しないかが問題となる上、ラフジャスティスを招く危険性を拭え」ないとして、甲案に反対している。全国の多くの弁護士会が同じ意見である。

(2) 裁判成熟性の原則

ア 裁判をするのに熟す必要がある

民事訴訟法243条は、「裁判をするのに熟したとき」に結審して判決をすると定めている。「裁判をするのに熟した」との意味は、「必要な攻撃防御方法が尽くされたと認められる場合」であり、事実関係を「完全に解明することが必要にして十分な条件である」[27]であると解されている。
これは、母法のドイツ法(300条)を受け継いだもので、オーストリア、イタリアなども同じ条文を設けている。ドイツ法300条の解釈も、日本法の解釈と同じで、判決には「裁判成熟性」が必要であると解されている。ドイツ法のコンメンタールは、「裁判のために考慮されるべき個々の攻撃防御方法が未解明である限り、裁判成熟性は欠けている。」としている[28]。また、「訴訟につき裁判しうるためには、裁判上重要な事実資料が十分に解明されていなければならない。判決を基礎づけ得るためには、証明を要する事実に関して適法な証拠が裁判所により取り調べられ、評価されなければならない。」、「あらゆる重要な事実につき陳述する機会を当事者に与える義務を負う」[29]と解されている。

英米法の訴訟制度では、プレトライアルで徹底した事実解明ができる手続(証拠開示)が行われる。証拠開示では、文書提出の請求、質問書のほか、相手方関係者も含めて10人を限度に合計7時間以内の質問が行われる。トライアルでは陪審制が用意され、ここでも日本とは格段に長い時間の証人調べが行われる[30]

ドイツ法を母法とする訴訟制度では、裁判成熟性を結審の要件とすることで、十分な審理と事案解明を確保していると考えられる。

イ 新たな訴訟手続における問題

6か月で審理を終えなければならず、事件が裁判に熟しているかどうかは軽視されるおそれがある。日弁連意見書は、甲案について、判決に異議を申し立てることができるとしても、「裁判をするのに熟した」と判断した裁判官の心証を変更することは容易でないとして、手続保障として不十分であるとし、甲案に反対している。

(3) 当事者の同意の問題

ア 訴訟の審理方法と任意訴訟禁止の原則

中間試案の補足意見は、「新たな訴訟手続は、当事者による手続選択についての合意を基礎とする」[31]と述べる。山本は、訴訟上の合意(審理契約)を理由にして当事者が求める訴訟手続を認めてよいのではないかという[32]。また、笠井正俊教授も、当事者に制限のある手続を正当化する根拠は当事者の同意であるとする[33]

しかし、民事訴訟の進行等、審理方法に関する事項については、任意訴訟禁止の原則が妥当し、当事者間の合意によって規律することはできないとするのが伝統的理解である[34]。現に、法律が認める合意は、管轄合意、仲裁合意、期日変更の合意など僅かである。任意訴訟の禁止の趣旨は、裁判所にとって画一的処理が効率的で必要であるという理由だけでなく、裁判官の恣意的な運用の防止、経済的社会的に格差がありうる当事者間の公平、多数事件の平等な扱いなど、多くの公益的価値を護るものであると考えられる。

イ 訴訟に関する合意について

法律が認める合意以外に訴訟に関する合意が認められるかについては、根拠や範囲について、争いがある[35]。理論的には、司法権という公権を行使する裁判所が私人の合意に拘束される理由についての疑問が指摘されている。また、井上治典教授は、「審理契約論が今ひとつ実践性に乏しく、広い支持が得られないのも、関係者の一回的合意で、不確定で流動的な将来の審理計画が決められる。しかも、その合意にはかなり強い効力が与えられるという考え方が、現実の要請に耐えられないからではないか」[36]という。

不起訴の合意が有効であると解されていることから、新たな訴訟手続の同意も有効であるとする意見がある。ただ、仮に不起訴の合意は処分権主義の範囲内のこととして有効であると解するとしても、訴訟の進行は裁判所の司法権の行使であり、不起訴の合意の議論とは異なるとの意見がある。

ウ 十分な予測ができない時点での同意の効力

新たな訴訟手続の選択は、第1回口頭弁論期日が終わるまでにしなければならない。しかし、日弁連意見書が指摘するように、訴訟の当初は相手方の主張や証拠は把握していないことが多い。予測が困難である時点の同意に法的拘束力を認めることが適切かという基本的な問題がある。

エ 選ばざるを得なくなるおそれ

新しい訴訟手続ができても、当事者や弁護士が選択しなければよいとの意見がある。しかし、「早い訴訟」(新たな訴訟手続)と、「そうではない訴訟」(通常訴訟)の二者択一となれば、人々は、手続の制約があっても新たな訴訟手続を選ばざるをえなくなるのではないかとの意見がある。

5 ラフジャスティスの問題

審理期間が制限されて、主張や立証が法的又は事実上制限されると、十分な審理ができず、ラフジャスティス(粗雑な審理や粗雑な判断)になるおそれがある。期日回数を限定した訴訟を提案する山本も、訴訟制度として、ある程度ラフであることを認める[37]

現在でも、一審判決は20%ないし25%程度が控訴審で取り消されているが、誤判が増えるおそれがある。

日弁連意見書も、「ラフジャスティスを招く危険性を拭えず、民事訴訟制度に対する信頼を損ねかねない」として、甲案に反対している。

なお、裁判官は職権で通常訴訟に移行できるとされている(甲案6項(1)、乙案4項(1))。しかし、期間が来たとき心証を持てなくても、両当事者が期間限定の手続を選択していることや、裁判所の訴訟経済等を考えて、裁判官はラフな手続と判断のままで裁判をする可能性がある。

6 立法事実(制度の必要性)の有無

(1) 審理期間の実情

ア 現在、民事裁判の第一審の平均審理期間は、9.1か月であり、対席判決で13.5か月である[38]。このデータは提訴から判決までの期間である。「新たな訴訟手続」にいう6か月は、上記期間の中の、第1回期日(甲案)または審理計画作成(乙案)のときから結審までだけの期間である。提訴から判決までは、甲案では8~9か月位、乙案では、そこに審理計画を作る期間が加わる。

イ わが国の民事訴訟の審理期間は、先進国の中で早い方である。世界銀行の調査では、契約履行を求める訴訟の期間は、主要7か国(G7)のうち日本が1位である[39]。最高裁の調査でも、審理期間は他の国とほぼ同じであり、遜色はない[40]

山本和彦教授は期日回数を限定した簡易迅速訴訟を提案するが、その山本も、「現状では迅速化という目的は概ね達成されてきているものと評価することは許されよう」という評価をしている[41]。むしろ、裁判官と弁護士との協議会では、これ以上の迅速化は危険であるとの意見が出ている[42]

(2) 想定されている事件と実情

IT化研究会は、特別な訴訟手続(甲案)は、①企業間の紛争で事前交渉が十分にされており、争点が明確で証拠も十分に収集されている事件、②交通損害賠償事件、③発信者に対する情報開示請求事件などが「なじむ」ものと思われるとした[43]。しかし、これらの事件は今でも比較的早期に終わっている。経済団体で、いくつかの企業に新たな訴訟手続について意見を聞いたところ、反対はしないとの意見が多かったということであり[44]、積極的に強く望んでいるということではないようである。発信者情報開示請求事件は、ブロバイダー責任制限法が2021年4月に改正され、短期間での開示手続ができたので、必要性は無い。

7 その他の問題

(1)対象事件

消費者事件と個別労働事件を対象から外す案がある[45]。ただ、当事者の間に経済的社会的格差や情報・証拠格差がある事件は、他にも様々な場合がある。2つの事件類型を外すだけで問題は解消しない。

(2)弁護士強制

最高裁は、弁護士が付く場合に制限するとしていた。専門家でないと扱いが難しい手続であるとし、危険性が内在することを認めているといえる。学者委員から、弁護士強制は現行法と整合しないとの意見があり、中間試案では、弁護士強制は、注書きでの提案になっている。また、司法書士会は、弁護士強制の制度にしないことを条件として甲案に賛成するとしている。新たな訴訟手続を司法書士の本人サポートの業務として位置づけている可能性がある。

第3 乙案固有の問題

1 乙案の提案者、制度内容

乙案は、2020年11月27日の法制審部会で提案された。弁護士委員などの意見を基に法務省が乙案として提案したと考えられる。
乙案は、証拠制限の規定は設けない。期間を6ヶ月とする点は甲案と同じである。審理計画を作成する点が甲案と異なる。
実質的な提案者が明らかにされていないうえ、提案されてから間がなく、制度の趣旨や内容を説明した文書は法制審部会資料以外に無い。通常訴訟とは別の訴訟制度を設けるか否かという大きなテーマであるのに、検討や議論がほとんどできていないという問題がある。

2 提案理由に関する問題

中間試案の補足説明は、乙案は当事者のイニシアティブによる訴訟進行を目指すものとしている。しかし、当事者に権限の付与などはなく、当事者主導の訴訟ができるとする理由が判然としない。
乙案は、審理計画を作成する期間(制限が無い)が加わることと、通常訴訟への移行申立を認めることから、期間の予測可能性の制度目的は大きく失われている[46]

3 審理の充実が損なわれるおそれ

乙案も6か月の期間限定であり、審理の充実が損なわれるおそれを払拭できない。
乙案は、甲案と同様に期間制限の問題があること、必要性が乏しいこと、審理計画は問題が多く、使われていない制度であることなどから、全国の弁護士会は多くが乙案にも反対している。日弁連も、乙案について、要件、効果にいくつもの問題があるとする。

4 通常訴訟への移行申立について

通常訴訟への移行申立ができるが、同じ裁判官であり、一旦審理計画が作成されているので、実質的に審理が追加されるかとの懸念がある。
しかも、当事者の権利を保障するために通常訴訟への移行申立を認めるために、期間の予測可能性が失われている。

5 審理計画の作成について

乙案は審理計画を作るが、審理計画(法147条の3)の制度は2003年の法改正で設けられたものの、ほぼ使われていない[47]。審理計画は、作成には時間と労力がかかるが、それに見合う効果がなく、拘束される不都合があるためである。乙案は、審理計画を前提とする提案であるが、新たなに法制化をする必要がないとの意見がある。6か月以外の期間を認める案もあるが[48]、同じ問題がある。

6 民事訴訟全体への悪影響のおそれ

甲案や乙案の期間や証拠を限定する訴訟は、充実した審理でなくてもよいとする訴訟観を生み出しかねないとの懸念がある。
また、小規模庁などでは、新たな訴訟手続の事件の審理が優先されて、通常事件が影響を受けて後回しにされるおそれがあるとの意見がある。

第4 充実・迅速な訴訟を実現するために

最近の民事裁判は、陳述書が多用され、人証調べが減り、事実解明の努力をしないとの声が当事者、代理人から出ている。裁判官、元裁判官からも、審理の充実を求める意見がある[49]
日弁連の2020年6月の意見書[50]が提言しているように、訴訟の充実・迅速は、裁判官の増員、証拠収集制度の整備、運用の改善によって進めるべきである。
運用改善は、期日の実質化(十分なコミュニケーション)、早期に事実関係を明らかにする運用、期日の間隔の事案ごとの適正化、文書提出命令申立等における迅速な採否の決定などの実践が求められる。
また、期間の予測可能性の要請については、関係者は計画的な審理を心がけ、毎期日に進行を協議し、審理の見通しを常に当事者と共有することで、当事者の納得を得る必要がある。
裁判を利用しやすくするために、法律扶助を貸与制から給付制に変え、弁護士費用保険の整備を急ぐ必要がある。また、簡易迅速な紛争解決手続である仲裁や調停などの整備も必要である。

第5 結び

1 パブリックコメントの結果

中間試案について行政手続法に基づく意見公募手続(パブリックコメント)が行われ、その結果が2021年6月21日に公表された[51]
丙案(新たな訴訟手続を設けない)に賛成する意見が最も多い。消費者団体、労働団体などいわゆる市民団体はすべて甲案や乙案の新たな訴訟に反対している。そして、丙案賛成の意見は、数だけでなく、理由も多く述べられている。

甲案の制度に賛成する団体は、提案者の裁判所と司法書士会(代理人強制でないことを条件とする)と裁判所職員である書記官の協議会だけである。司法書士は、弁護士が付く制度とすることに強く反対している。日本司法書士会連合会は、甲案が弁護士が付く制度になるのであれば、丙案に賛成するとしている。

乙案の制度に賛成する団体は、一つの弁護士会だけで、賛成は少ない。

2 結論

新たな訴訟手続は、甲案、乙案ともに、立法事実(必要性)が乏しいこと、憲法上の裁判を受ける権利、法的審問請求権を侵害するおそれがあること、粗雑な審理になって誤判が増えるおそれがあることなど、重大な問題がある。外国調査はなく、検討・議論が十分にされていない。パブリックコメントの結果、導入に賛成する意見は少ないことが明らかである。わが国の司法の質を落とし、信頼を失うおそれを否定できない。よって、新たな訴訟は設けられるべきではないと考える。

以上

(文末脚注)

[1] 法制審部会参考資料11「『民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案』 に対して寄せられた意見の概要」(法制審ホームページ)

[2] 笠井正俊「特別訴訟手続」(ジュリスト1551号69頁)。「民事裁判のIT化」(座談会)(ジュリスト1555号60頁以下)。

[3] 中間試案8頁以下、中間試案の補足説明70頁以下(法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会ウェブサイト)。

[4] IT化研究会第9回議事要旨14頁、22頁等の最高裁担当者の発言から最高裁の提案であることがわかる。

[5] IT化研究会第9回資料9-2。

[6] IT化研究会第12回資料12-4。

[7] 笠井正俊「特別訴訟手続」ジュリスト1551号69頁。

[8] IT化研究会第9回資料9-2

[9] 中間試案の補足説明46頁

[10] 「自由と正義」2020年11月号特集「裁判迅速化法問題の現状と今後の課題について」9頁。

[11] 「現代司法(第6版)」(日本評論社、2005年)53頁以下。

[12] 菅原郁夫「求められる民事訴訟とはー民事訴訟利用者調査をもとに考える」(NBL1002号12頁)。

[13] 中間試案の補足説明46頁。

[14] 法制審部会第3回資料5の16頁。

[15] 山本和彦「手続保障再考(実質的手続保障と迅速訴訟手続)」(井上治典先生追悼論文集「民事紛争と手続理論の現在」所収、2008年)160頁(以下では、山本・手続保障再考とする)。

[16] 山本和彦「当事者主義的訴訟運営の在り方とその基盤整備について(「民訴雑誌」55号、2009年)」61頁以下(以下、山本・訴訟運営という)。

[17] 山本・手続保障再考160頁。

[18] 山本和彦「訴訟と非訟」23頁(「講座実務家事事件手続法()」所収)(2017年)(以下、山本・訴訟と非訟という)。

[19] 山本・訴訟と非訟20頁。

[20] 瀬木比呂志「民事訴訟実務と制度の焦点」(判例タイムズ社、2006年)701頁以下。

[21] 笹田栄司「統治構造において司法権が果たすべき役割」(第7回)(判時2391号120頁)及びそこに紹介されている文献参照。

[22] 中野貞一郎「民事手続の現在問題」(判例タイムズ社、1989年)13頁以下。

[23] IT化研究会資料13-3の5頁

[24] 松本博之名誉教授の講演要旨「『特別訴訟等の問題を考える会内シンポジウム』開催報告」(「月刊大阪弁護士会」2020年3月号)。

[25] 宮崎繁樹編「解説・国際人権規約」183頁。

[26] 山本・訴訟と非訟22頁は、非訟前置の制度の提案についてであるが、同じ裁判官であれば、訴訟になっても「判断が覆る可能性は低い」ことを認め、「そうなれば当事者は移行自体を諦め、実質上、裁判を受ける権利が侵害されるおそれも否定できない」としている。

[27] 第2版注解民事訴訟法(4)310頁、311頁。

[28] Stein/Jonas Kommentar zur ZPO 22.Auflage,§300 Rn.6 f.

[29] Musielak Kommentar zurZPO,9.Aufl., §300 Rn.8

[30] 「アメリカにおける民事訴訟の実情」(法曹会)(1997年)、関戸麦ほか「わかりやすい米国民事訴訟の実務」(2018年)等。

[31] 中間試案の補足意見49頁

[32] 山本和彦「民事訴訟法10年」(判タ1261号、2008年)100頁(以下、山本・10年という)。山本和彦「審理契約再論―合意に基づく訴訟運営の可能性を求めて-」(法曹時報53巻5号1152頁、2001年)(以下、山本・再論という)。

[33] 笠井正俊「特別訴訟手続」(ジュリスト1551号70頁)。

[34] 山本・再論1132頁も認める。

[35] 三ヶ月章「民事訴訟法」(第二版)334頁。議論は山本・再論1138頁~1140頁に紹介されている。

[36] 井上治典「『合意』から『かかわりのプロセスへ』(民訴雑誌43号144頁、1997年)

[37] 山本・手続保障再考160頁。

[38] 最高裁の裁判迅速化検証報告書(第8回)の過払金等以外の事件の2018年のデータ。

[39] 世界銀行の国際比較統計「契約履行手続き(日数)国別ランキング」(2019年データ)。

[40] 最高裁「諸外国における民事訴訟の審理期間の実情等の概観」(2007年5月11日の裁判迅速化検証検討会資料2)。

[41] 山本・10年93頁。

[42] 福岡民事実務改善研究会「新しい民事訴訟の実務に向けて(現在と将来の訴訟実務をどう考えるか)」(判タ1316号33頁、2010年)。

[43] IT化研究会報告書74頁

[44] 法制審部会第3回議事録49頁。

[45] 中間試案の「新たな訴訟手続」の注1

[46] IT化研究会第12回資料12-4(6頁)は、当事者に通常訴訟への移行申立を認めると、「本提案の目的が没却されるおそれがある」として移行申立を認めないとしていた。

[47] 山本・10年97頁は、審理計画は「ほぼ死文化している」とする。定塚誠「労働審判制度が民事訴訟法改正に与える示唆」(「現代民事手続法の課題―春日偉知郎先生古稀祝賀-」所収、2019年)795頁も、審理計画は「実際にはほとんど使われていない」とする。

[48] 中間試案の「新たな訴訟手続」の注4。

[49] 特集「弁護士は民事裁判をどう見ているか」(大阪弁護士会の弁護士アンケート調査)(自由と正義2013年8月号33頁以下)。佐藤歳二「勝つべき者が勝つ民事裁判を目指してー事実認定における法曹の心構えー」(「伊藤滋夫先生喜寿記念 要件事実・事実認定論と基礎法学の新たな展開」所収、2009年)、富田善範「現代の民事裁判と裁判所の役割」講演録(平成28年5月司法研修所特別研究会7)(弁護士山中理司ブログ)。

[50] 日弁連「民事裁判手続等IT化研究会報告書―民事裁判手続等のIT化の実現に向けて-」に対する意見書(2020年6月18日)

[51] 法制審部会参考資料11「『民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案』 に対して寄せられた意見の概要」(法制審ウェブサイト)